金ケリ小説
2023年05月08日
だって夏じゃない(8)
「ギャン!!!」
思いっきり急所を蹴られ、犬が哭いたのかと思うような声を上げた。じわじわと染み渡ってくる痛みに耐えようとしているのか、それとも逃れようのない痛みにあえて逃れようとしているのか、頻りに体をくねらせて捻って、内股を引いて、それこそマッチョらしからぬ格好をしている。
「いいぞ、サンドバッグ。手を離すなよ。」
「あぅぅ、勘弁して・・」
「おいおい、サンドバッグはしゃべらんじゃろ。ほら、腰が引けちょる。腰、前に出さんか、おい。」
歯を食いしばって痛みに耐えている。正直なところ、光和は顔は男っぽいのだけれど温和な性格で、喧嘩どころか揉め事とは無縁な性格だった。それに、こんな体つきをしていれば、手を出そうとは思わない。しかし、少なくとも光和は、正義感からヤクザに囚われた淳平を放っておくことができず、ヤクザの言いなりになって許しを乞うしかなかった。もちろん、淳平はむしろ光和が代わりに折檻されているのを見て、心がすく思いがしているどころか、ざまあねえなと思っていた。
「ギャン!!」
小さく縮こまった一点目掛けて、ボクサー崩れの的確な一撃が見舞った。
「ぐぉぉぉぉ!!!」
小さいからと言って痛みもまた小さいと考えるのは早計というものだ。神経は誰だって同じく通っていて、痛点も同じ数だけある。つまりは、神経が一か所にコンパクトにまとまっている訳だ。そもそも、金的なんていうものは男がそう簡単に食らってはならないからこそ、攻撃されるとこんなに痛む。少年時代のお遊びで電気あんま程度しか食らったことのない光和には、それこそ人生初めての金的、しかもモロに食らっているわけだからたまらない。たった2発で既に目が回るくらいの衝撃を受けている。
「ふっ、キンタマやられたくらいで騒いでダセエ奴。」
淳平はボソッと呟いた。大げさな演技だと思っているのだろうし、こんな恵まれた体をしているのにワーワー喚いている姿が癇に障ったのだろう。
光和は、何よりも急所を潰されて、男性としての機能を喪失してしまうのではないかという恐怖があった。なんせ、柔道ばっかりしている大学生で、正直まだ経験すらなかった。光和は奥手で、本当に好きになった人と関係を持ちたいと思っていた。それほど大切にしてきたものをここで失ってしまうのかという恐怖が頭を支配した。
「あの、すみません、お願いです、お願いですから、許してください。」
「はっ?」
「オマエ、何言ってるんだよ、殴ってくださいだろうよ。」
淳平は聞いていて苛立たしくなって言った。
「もう金輪際いたしませんから、許してください。」
「いいぜ、別に。」
皆が驚いて振り向いた。
「だが、条件がある。すぐにここから帰れ。すぐだぞ、いいな。」
「バカ、オマエ、根性なし、意気地なしのヘタレ、軟弱者、何してんだ、さっさと元に戻れ!!」
「ごめん、けど、本当に、ごめん。」
と言い残して、光和は股間を押さえて防風林を全速力で走っていった。
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toppoi01 at 19:30|Permalink│Comments(0)
2021年08月13日
終わりの見えないデスマッチB(37)
この日が来た。実来にとっては、マネージャーの存在そのものを知らないが、健もシディークも忖度して負けておいた方がいいというのが共通意見であった。噛ませ犬というか、大方、オーナーに言われて、マネージャーがコイツなら勝てると思ったから試合を組まれたのだろう。それで勝ったりしたら何されるか分からない。会場に行ってみると、ボードにはオッズどころか試合そのものが書かれていない。キャンセルになったのかと思ってスタッフに聞くと、全試合が終わった後、クローズドで行うのだという。そして、事前に指示されていたのか、いつもの待機スペースとは違うところに案内された。個室だが、周りの壁は薄黄金色で、いかにも高そうな背もたれの高いエメラルド色の枝をした椅子、そして大理石の丸テーブル、壁面にはソファの上に虎柄の皮が敷いてあった。落ち着かない様子で立っていると、小柄で全身を黒いスーツで包み、色の濃くて小顔の割に大きめのサングラスをした男が入ってきた。「実来君だね、初めまして、ではないんだけど、覚えているかな?」とサングラスを取って和やかに話しかけてきた。「西條智哉って言います。智哉って呼んでいいよ。」知らない相手ではなかったが、名前にはピンとくるものがあった。「そう、俺は君の対戦相手。よろしくね。」と、とても対戦相手とは思えないような微笑みで実来を見つめていた。「あ、あの、聞いてもよろしいでしょうか?」「いいけど、今日の試合のこと以外ならね。あ、そこのミネラルウォーター、自由に飲んで。」いや、聞きたいのは試合のことだったので、話の腰を折られてしまった。「なんてね。緊張してる?試合見に行こうか?うちら、その後だからさ。」連れられて、赤絨毯で敷き詰められた階段を上がり、個室の中にあるVIP席の中に入った。既に真ん中に男が座っていたが、笑顔になって席を横にずれた。その男と智哉は親しげに話していて、時折話を振られたが、正直目の前で行われている試合も、個室の中で話されている話題も上の空で聞いていた。
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toppoi01 at 09:00|Permalink│Comments(0)