軍人
2021年05月05日
疑心暗鬼(3)
昼を挟み、作戦本部会議が開かれた。実効支配地域の警邏が主題であったが、皆原はそれを上の空で聞いていた。斜め向かいに座っている郡は積極的に意見を言っていたが、薄笑いを浮かべつつチラチラとこちらを見ているような感じを受けた。そうか、と合点がいった。俺のポストを狙っているのかと。そして俺が今まで築き上げた諜報活動の成果を横取りし、俺を陥れることで昇進を狙っているのか。狡い奴だ。郡は俺より年は3つも上だが取り立てて軍功をあげた話など聞いたことがない。人を貶めて褒賞を得ようとは軍人の風上にも置けない。
「皆原中尉、皆原中尉。」
副班長の喜屋武が耳元で頻りに囁いた。我に返ると皆がこちらを凝視している。
「はい、あの、第一班といたしましては、この度の滄州南進の件でございますが、」
「中尉、その話は喜屋武少尉から既に伺いました。今は保定への進軍の策定をしておるのです。」
「は、失礼しました。保定、軍閥の拠点となっておりまして、保定、現状の兵力ですと、ええと、」
「もうよい!」
主任参謀長の小岩井が声を張り上げた。
「共産ゲリラの侵攻と軍閥に挟まれ、のっぴきならない状況にあるにもかかわらず危機意識が希薄である。喜屋武少尉。」
「は、失礼ながら私が説明をさせていただきます。保定南東部50kmにおきまして、共産ゲリラによる襲撃がここ数日にわたって起きております。我が軍は・・。」
主任参謀長の叱責にもかかわらず、皆原は結局この会議に集中できなかった。
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toppoi01 at 06:30|Permalink│Comments(0)
2021年04月26日
疑心暗鬼(1)
「中尉、あなたがなぜ、ここに呼ばれたか、分かりますか?」
「いえ、後藤少佐、私には皆目見当がつきかねます。」
そう言いつつ、皆原中尉は、この前の騒擾の取り締まりにあたっての褒賞のことだろうと思っていた。つい10日前に、露西亜の遺産でもあるロータリー附近で起こった中国人同士の諍いについて、先に新聞にリークして、取り調べもまだ終わっていないのに、結論ありきで軍医局送りを決めてしまったのである。当然少佐の耳に入っていることだろうが、まだ報告書が途中であったために、課長には草稿程度を見せていただけであった。しかし、特殊諜報部長である後藤少佐から直々に言われるということは、栄転の可能性もあるか、そう思うと自然と口元が緩んだ。
「中尉、しかし、君がこんなことをするとは私はいまだに信じてはいないんだがね。」
「少佐殿、これは支那人のスパイを潜り込ませ、この反日騒擾の謀議を事前に聞きつけ、精鋭部隊を張り付けていたのです。二重スパイというご懸念を抱いているようでしたらご心配なく、その者は・・」
「いやいや、そのことではないんだ。」
半ば嘘とはったりで塗り固めた真骨頂ともいうべき語りを手を交えて遮って言うには、
「というかだな、君のことを二重スパイなのではないかと疑う者がいるんで、俺も弱っているんだがな。」
「自分が、ですか?」
「まあ、君に限ってそんなとんでもないことをしでかさないとは思うが、こういう世界だ、知らぬ間に罠にかかることだってあり得る。重々気を付けたまえ。」
「ありがとうございます、少佐。」
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toppoi01 at 15:51|Permalink│Comments(0)