撃退
2023年04月20日
だって夏じゃない(3)
裏にはもう一人、少しおつむが弱そうなランニング姿の奴がいて、出っ歯が、
「そいつを捕まえろ!」
というと、愚純な動作で腕を掴んだ。
「離せ、バカ、うすのろ、コイツ!」
ともう一方の手で顔面をガンガン殴ったが、そこは鈍重でありつつも命令には絶対服従、全然離さない。顔が鼻血まみれになりつつも羽交い締めをすることに成功した。出っ歯は近づいてくると、
「さっきはよくも恥をかかせてくれたわな。」
と腹を拳で突いてきた。見た目、歯も欠けているし肌もボロボロで、声だけデカいチンピラという感じだったが、結構腹に響いた。よくよく見ると、拳に青年漫画雑誌の広告で見るような、銀色のナックルをつけていた。それに、外見と違ってボクシング経験者なのか、一連の動作が軽快で、腕の動きが速くて見えないが、確かに一つ一つが的確に、それこそ競パンだけしか入っていないのでおそらく相手には分かっているだろう、内臓のある、効くところばかりを狙って打って来るのだった。
「すみませんでした、すみませんでした。」
謝るが、
「なんだ、聞こえねーな。何言ってんのか、ちゃんとはっきり言えよ。」
と手を止めずにニヤニヤとこっちの様子を見ながら打ち込んでくる。こっちの反応を見て、苦悶にあえぐ様を楽しんでいるようだ。と、急に出っ歯が視界から消えた。そしてバンという音が聞こえた。羽交い絞めが解かれて淳平はその場にへなへなと座り込んだ。ランニング姿の木偶の坊は、出っ歯の方に飛んで行った。光和だ。光和が出っ歯を掴んで力任せに放り投げたのだ。やはり体格差というか、ムキムキのマッチョに投げ飛ばされたりしたら、誰だって怖いに違いない。さっきまでの勢いはどこに行ったやらで、這う這うの体で視界から消えていった。
「大丈夫か?」
「まあ、別に。」
淳平は光和に感謝の言葉もろくすっぽ言わず、店に散りばめられたビール瓶のかけらを片付け始めた。淳平はそもそも人に恩を売るというか恩着せがましいことをよくするし、光和のことを正直下に見ていたので、あんな逃げられない絶体絶命だった状況をすっかり忘れ、助けてくれとも頼んでいないのに有難迷惑だなくらいに思っていた。光和の性格がことさら良かったから何もなく済んだが、そんな塩対応で揉めたことは枚挙にいとまがなかった。
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toppoi01 at 14:26|Permalink│Comments(0)