モコモコ腹筋
2023年04月18日
だって夏じゃない(2)
海の家にはガラの悪い連中だって訪れる。
「ビール、全然来ないぞ。」
と怒声が響いたので、淳平が持っていくと、出っ歯のやさぐれた感じの奴が、
「遅えんだよ。」
と言って余っていたビールをぶち撒けられた。
「何すんだよ。」
と思わず淳平はそのガラの悪い客の肩を押してしまった。一瞬、場が凍り付いたが、
「まあ、興奮すな。兄ちゃんもすまんかったな。」
と兄貴分らしきもう一方がたしなめて、それで収まるかと思いきや、
「兄貴頼みかよ。助かったな。」
と淳平は去り際に毒づいたのである。
「マジか、コイツ!!!」
と殴りかかろうとしたが、やはり兄貴分がよく抑え込んで、コトはようやく収まった。
日が落ちてくると大分人が減ってきた。ここの海水浴場は17時終わりだ。海の家も15時半から片付けに入り、16時には人もいなくなった。監視員の仕事も特にない。大体、夏も終盤に入ってくるとカツオノエボシという青いクラゲが出てくるので、知っている人は海に入ったりしない。浜辺にもよく死骸が落ちているが、その死骸でさえも毒がある。光和は捨てられたゴミを拾うついでに、それをゴミ取りトングで一つ一つつまんで取って回っている。もちろんそんなのは監視員の仕事ではない。淳平は誰もいなくなった海の家で休んでいると、先ほどのチンピラに声をかけられた。しつこいし、まださっきのことを根に持っているとは、相当ネチネチした性格なんだな。それに、さっきの兄貴肌のような人もいないし。と、裏にあったビールの空き瓶をこっちに投げつけてきた。危うく避けたが危ないところだ。空き瓶はまだ奥にたくさんある。危ないし、さっきももっと言ってやれば良かったと思っていたので、店の裏手を覗いてみた。
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toppoi01 at 10:54|Permalink│Comments(0)
2023年04月05日
だって夏じゃない(1)
門田淳平と定岡光和は、今日もこの逗子海水浴場で監視員の仕事をしていた。普通であればライフセーバーが携わる仕事であるが、ここ数年はライフセーバーのやり手がおらず、逗子海水浴場のような波も穏やかで遠浅の海岸は海難事故もここ数年ゼロが続いているということもあって、淳平も光和もライフセーバーの経験はなく、泳ぎが得意だからという履歴書の文言だけで採用された。淳平は細身で、脱ぐと腹筋がボコボコ浮き出て見えるほどだからそれっぽいのだけれど、光和の方は現役柔道部だからか異様に筋肉の盛り上がったマッチョな体形をしていて、水に入ったら絶対沈むなという感じであったのに、採用されるくらいであった。まあ、本当にこれといって事件事故はない。家族連れが殆どだ。淳平は、してはいけないことになっているのだが、忙しいときは海の家のバイトもしていた。ここは湾全体が見渡せる小高いところにあって、のんびりとできる。と、遠くに一人だけ、浮かんだり沈んだりという影が見えた。海の家にいた淳平は光和にサインを出す。が、こっちのいうことに気づいてはいるのだが、どうも動かない。埒が明かないのでそっちに行くと、
「今、このおばあさんが体調を崩したみたいで介抱しているんだ。あっち、やっておいてくれないかな?」
と、おばあさんがおそらく熱射病か何かで寝ているところを団扇であおいでいた。結局、小学生くらいの女の子を助けたのは淳平だった。だから、おそらく泳ぎは不得手なのであろう。
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toppoi01 at 14:58|Permalink│Comments(0)
2017年07月14日
耐えてみろ!(8)
近い、とは言いつつも郊外にある大学なので、そもそも周囲に家など殆どない。崇の家もどちらかというと駅の近くで、歩いて15分ほどかかるところにあった。パチンコやゲームセンター、居酒屋が立ち並ぶ通りの脇道を入ってすぐの木造2階建ての奥の、日当たりも良くないし、築数十年経ったかと思われる、かなり老朽化したアパートだった。
「どうぞ、むさ苦しいところだけれど。」
何もない部屋ではあったが、畳は日焼け跡が残りかなりささくれ立ち、カーテンも備え付けなのかところどころ汚れや破れが目立っていた。何よりも、15時だというのに西日が当たって真夏に1時間駐車した後に車のドアを開けたときのような、こちらに熱波が押し寄せてくるかのような暑さだ。
「エアコンなくて、扇風機なんです。」
どこからか拾ってきたかのような年季の入った小型扇風機が音を立てて回りだした。ただ、熱気がかき回されてサウナの中にいるかのようだ。
「麦茶、飲む?」
灰色の煎餅座布団に座り、キリンビールと書かれた小さなコップに注がれた麦茶が、テーブルというよりちゃぶ台といった感じの茶色いテーブルに乗せられた。テーブルだろうか、それともこのアパートだろうか、何か床がフラットではない感じがする。
何でこんなところに住んでいるのか、聞きたいけれど、きっと聞いてはいけない何かがあるのだろう。部屋全体は古びているが、全てがきれいに整理整頓されていて、ほこりどころか磨きがかっていてツヤツヤしている。しかし、暑いなんてものではなく、じっとしていても汗が滴り落ちて、畳へと吸い込まれる。
「ごめん、暑いでしょ?気を使わないで。」
崇は着ていた大学の名の入ったTシャツを脱いだ。色白で細い印象だったが、脱ぐと体脂肪がほぼないのではないかというくらい、筋繊維一つ一つがちょっとした動きでも浮き出て見える。脱いだTシャツはまた着るのだろうか、金属製の細いハンガーを強い日差しが差し込む窓のカーテンレールにかけた。
「かけるよ、脱いで。」
崇が慎吾の肩を軽くつまむようにつかんだので、慎吾もTシャツを脱いだ。崇は座布団を取って、向かい側に座り、麦茶を一気に飲み干した。
「どこを鍛えたいの?」
「いや、どこをっていうのは特に決めていないんです。全体的に、バランスのいいカラダをキープできればいいなって感じで。」
「バランスかぁ。左利き?」
「何でですか?」
「バランスでいうと、筋肉の付き方が左側が若干太い感じがするかな。」
崇は慎吾の両手首を握って見比べる。
「一回りくらい太いっしょ?」
うん、そういわれてみると、確かに左手首の方が太い。そんなことを今までほとんど気にしたこともなかった。
「その影響が体幹に影響しているんだよね。ちょっと仰向けになってもらっていい?」
日に照らされて熱くなった畳に仰向けに寝る。そして、指で横腹を思いっきり押し出した。
「痛い、痛い。」
「痛い?ここは?」
ものすごい力で、ピンポイントで押される。筋肉の鎧で覆い固められたかのように複雑な形状をなしている腹の辺りを、指一本の力でものすごく深いところまで押していく。
「あぁぁぁ。」
「気づかないうちに歪みが蓄積されているんだよ。その歪みをカバーしようとして筋肉がついているからバランスが取れているようで均等でないつき方をしているんだよね。」
「・・・。」
恥ずかしいことに、このやり取りで下腹部に硬直が始まり、グレーのスウェットにくっきりと、まっすぐな鉄棒を入れているかのように現れた。
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toppoi01 at 08:00|Permalink│Comments(0)