灰色の空間

2019年07月31日

灰色の空間(1)

正座した状態で後ろから蹴られ、前につんのめった状態で目隠しを外された。
冷たいコンクリートの床、周りに窓はない。ただ、裸電球が数個、この10畳くらいある広い部屋を照らしているだけだ。
「おい。」
木製の椅子に、背もたれに腕を載せた男が言った。
「ここがどこだか分かるか?」
「・・・。」
テガンには大体見当がついていた。大通りでいきなり目隠しをされ、車に詰め込まれて、ここまで連れてこられた。
移動中、30分ばかりの間、後部座席で頭を自分の膝下につける姿勢のまま拘束された。少しでも身動きしようものなら、両脇にいる男からこぶしで殴られた。
ドアが開くと強い力で引っ張られ、よろめいて倒れた。
「立て!」
怒号と共に足蹴りにされ、また両脇を抱えられて地下室に連れてこられたのだ。
こんなことをするのはKCIAくらいだろう。大韓民国中央情報部、通称KCIA。朴政権に反対する者を連行し、取り調べる機関。
そしてここは南山・・五体満足で生きて出る人は皆無といわれる、人々から恐れられている場所。

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2019年08月03日

灰色の空間(2)

「お前がどうしてここに来たかは、お前自身がよく知っているはずだ。我々は、ただお前が正直に話してくれればすぐにでも開放してやろう。」
抑揚のない口調で、事務的に淡々としゃべる。きっと何十人、何百人に同じ話をしているのだろう。
「7月16日に鍾路で会った人物、そして話した内容について知っていることを話せ。」
「それを話せば解放してくれるのか?」
「もちろんだ。」
心当たりはあった。7月16日は確かにそこで野党政治家のチョン代議士と話している。ただ、話すほどの内容ではない。
チョン代議士は野党第一党の政治家ではあり、朝鮮戦争の後は民主派の弁士として名を馳せたが、権力争いに敗れ、第一線から退き、名誉総裁と言った名ばかりの、今では何の実権も持たない一政治家に過ぎない。その政治家が話したことを聞いて何になるのか。
話したところで何も支障はない、あったとしてもチョン代議士側であろう。そもそも呼ばれて話を聞いたはいいが、結果時間の無駄としかいいようがない、権力を持たないものの愚痴を漫然と聞いたようなものだ。その権力欲の権化の愚痴に過ぎない。
テガンは覚えている限りのことをしゃべった。いや、しゃべらなかったとしても、既に没収されたメモや録音機からどうせ分かることだ。椅子の背を正面にして座っている男と斜め後方で記録する男は、テガンの話をただ聞いていた。ただ、記録をしている様子はなかったが。
しゃべり終わると、沈黙が訪れた。
「おい、それだけか?」
静かに、確認するように事務的な声で、座りながら問いかけてきたが、これ以上知っていることはない。事実を淡々としゃべっただけだ。
「まあ、いい。しゃべりたくなったら言うといい。」
そういうと、椅子から立ち上がり、広々とした、薄暗い地下室から出て行った。
手は前にロープで縛られたまま、10分くらい経った。
その間、記録(といっても特に何もしていなかったが)係はずっと同じような姿勢で座っていた。

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2019年08月06日

灰色の空間(3)

すると、さっきの奴とは違う奴が二人入ってきて、まっしぐらにこっちに向かってきたかと思うと、乱暴に俺を立ち上がらせて、柱の向こうの、蛍光灯から離れて暗くなったところへと連れて行った。
そして、俺の縛られた手首をフックで引っ掛けたかと思うと、急に上に引っ張られた。どうやら、天井に滑車が付いているようで、短時間でかかとが浮き、そこに吊るされた状態になった。
実際は足はつま先程度は床に付く程度の高さなのだが、何分不安定で、落ち着かなかった。しばらくはそうした状態が続いたが、なぜかまた二人とも地下室から出て行った。
よく分からないが、ゴムのようなもので縛られているからか、奇妙な姿勢だったけれども痛みは感じなかった。いや、実際は痛かったのかもしれないが記憶が定かではないからかもしれない。しばらくして、先ほどの二人が戻ってきた。細い金属のパイプ管のようなものを持っていて、二人が急に殴りかかってきた。脇腹から背にかけて、闇雲にやたらめったら打ってきて、骨身に染みて痛かった。逃げられないようにされて打ちのめされること自体が初めての経験であったので、痛さに非常に驚いた。そして、理由が分からなかった。拷問であれば、吐かせることが目的であるのだから、これはただの暴力であった。しかし、しばらく乱打が続くと「これくらいにしとけ」との声が聞こえ、また去って行った。

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2019年08月08日

灰色の空間(4)

次の日も、その次の日も、何も起こらなかった。ただ、独房に入れられて、あてがわれた食事を淡々と取り、そして横になるのに十分なスペースではなかったのでただ丸くなって寝た。ただ、打たれたところが打ち身になって腫れあがり、時折襲ってくる鈍痛で目が覚めたりした。そもそも地下室で時間の経過が分からない。ただ三食があるのだからそれが1日なのだろうなというように思っているだけだ。ジャラジャラとカギの音がこっちに近づいてくる。食事はさっきしたけどなと訝っていると、「出ろ」と事務的に言い放ってカギが開いた。
また最初の日と同じように、正面に向かった男は、「ただ、覚えていることをしゃべればいい。正直にただ話すのを我々は聞いているだけだ。」と言った。前回と同じことしかしゃべりようがなかったが、何も言わないのは反抗的だと思われかねないため、同じことをまた繰り返ししゃべった。前回同様、後ろの書記官はメモを取る様子はなかった。
「終わったのか?」
また、前回と同じように言うが、こちらはこれ以上言う言葉が見つからない。どういうことを聞きたいのか分からないから、何が正解なのかも分からない。
「そうか。まあ、そう急ぐものではないしな。ゆっくり思い出すといい。」
と言い残して、地下室から出て行った。

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2019年08月11日

灰色の空間(5)

すると、また10分くらいしてから精悍な顔をした二人が俺の方にやって来た。そして、一人が荒々しく俺の背後に回って立たせた。
「ちょっと待て、待て、話を・・」
と言いかけたところに腹を連続で殴られ、動けなくなったカラダを引きずるようにして、また手首をフックにかけられて吊るされた。それから小一時間が過ぎたが、何事もなく、そして降ろされて独房に戻された。翌日、また、同じ時刻に引き出され、木製の椅子に座らされた。目の前には既にいつもの顔があった。
「今日は話を聞く前に、聞いて欲しいものがある。おい、これを流せ。」
と小さなマイクロテープを書記官に渡した。聞きづらい会話だが、そのうちの一人はチョン代議士のようだった。特段何の変哲もない、地元の陳情団が現政権の農業政策への不満を話し、話は途切れ、チョン代議士が次期政権の展望を話している。何とも現実味に欠けた中身の薄い、たわいもない話であった。
「チョン代議士は国家反逆罪の嫌疑を受けて、現在拘留されている。国家反逆罪は重罪で、死刑と無期懲役しかない。ただ、チョン代議士はこれを現政権のでっち上げだと主張している。」
テープと国家反逆罪とどういう関係があるのかが分からないが、KCIAが何をしたいかは大体分かった。しかし証拠がないじゃないか。
「KCIAでは、現在、これを立証するために証拠を集めている。もう一度聞くが、7月16日に何を話したのか、概要を教えてほしい。」
「俺はチョン代議士の仲間でもないし、そもそも一介の記者だ、貴様らが思っているようなスパイなんかじゃない。」
「それは分かっている。」
「じゃあ、なぜ俺を拘束してこんな目に遭わす?」
それには答えず、また、「覚えていることをしゃべればいいんだ。」と同じことを言う。
「覚えていることなどもうない。」
「では、それがお前の全て知っていることか?」
「そうだ、だから言っているだろう。俺は無実だ。」
すると、「まあ、いい。記憶ってものは後になって思い出すことだってあるからな。」
と言い残して、また去って行った。

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2019年08月14日

灰色の空間(6)

また、2日くらい日が開いた。そして、その次の朝、食事を済ませた後に、また同じように「出ろ。」と言われ、また手首をフックにかけられて吊るされた。もう抵抗せずにそのままにしていたが、今度は精悍な顔をした二人が無表情で木製の机といすを持ってきて、そのまま出て行った。すると、いつもの尋問者が現れ、そこに座った。書記官も横に立っているが、何かする様子もなく、直立不動の体勢だ。
「覚えていることを話してくれればいい。チョン代議士と面会して何を話した?」
沈黙をしていると、一人が二本のコードを持ってきた。その先は、一つは金属製のクリップで、もう一つは細い金属製の棒になっている。もう一人は、俺の背後に回るとベルトを解いてズボンと下着をサッと下ろした。そして、竿の根元をクリップで挟んだ。
「現政権の転覆を諮るため、朴大統領の側近であるG補佐官を唆した、そうだな?」
「そんな事実はな・・、ぎゃぁぁぁ!」
言い終わる前に、カラダを突き抜けるような強烈な刺激があった。竿全体が焼けるように痛い。電気ショックか。
「もう一度聞くが、現政権の転覆を諮るため、朴大統領の側近であるG補佐官を唆した、間違いないな?」
「でっち上げだ、お前らが書いた筋書じゃないか、ぎゃぁぁぁ!」
またも局所に電気ショックが与えられた。無表情だった二人が苦笑している。陰毛が焦げたような臭いを発している。よっぽど強い電流なのだろうか?
「では、G補佐官とチョン代議士とを会わせる仲介の労を取ったのもお前だな?」
「止めてくれ、後生だ。俺じゃない、誰と間違えているんだ、俺じゃ、ぎゃぁぁぁ!」

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2019年08月16日

灰色の空間(7)

そこからの記憶は断片的にしか思い出せない。ずっと拷問を受けていたのかいなかったのか、ただ「自白」、もちろん言わされた「自白」をしたことは確かだ。録画も録音もしっかりされているに違いない。ただ、そこから何日が経って、気が付いてみると俺はソウル郊外の橋の袂でずっと蹲っていた。何時間もそんな感じでボーっとしていたのかもしれない。通りすがりに気にかかった何人かが俺に声をかけたが、俺はまともに答える気力が残っていなかった。時折、自分でもよく分からないが大声を上げて、自分が生きているんだな、ということを自分に実感させた。それからはまた、格子のある建物へと連れていかれた。暴れて抵抗したが、注射のようなもので寝かされた。それからというもの、起きているか起きていないか分からないような生活だ。食事とは言えないようなものが格子の中に入れられて、奇声を不規則に発する者たちに囲まれて、こうして日々を送っている。たまに受ける電気ショックが心地いい。これくらいが俺にはちょうどいいんだ。あれに比べたら、あれ、あれと、ぎゃぁぁぁ!!!
「もう大丈夫、大丈夫よ。ね、ちょっと寝ましょうか、ね。」
「チョン代議士はどうなった?なあ、教えてくれよ。」
「そのうち逢えますよ、さ、寝ましょうね。」
また俺は夢の中へと戻って行った。いや、これが現実なのかもしれないが。

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