終わりの見えないデスマッチBⅡ
2018年03月14日
終わりの見えないデスマッチB(7)
好きなこと、この空間にはいろいろな「モノ」がいた。ずっと朝から晩までコンピューターを弄って何やら作っている「モノ」、外国語の勉強を毎日毎日飽きずにしている「モノ」、それぞれが独特だったが、身体障害者が目立って多いのが何よりもびっくりした。腕が2本ともないが、口で筆を持って字を書いたり絵を描いたりしている「モノ」、足が1本しかなくて、ずっとケンケンで倒れもせずに動き回っている「モノ」、頭から火傷のケロイドがものすごい状態で残っていて、顔はもう髑髏に目があるようなひどい有様で腕もカラダに一部くっついているがアコーディオンを必死に弾いている「モノ」、中でもすごいのが、雪男かと思うくらい毛の量が半端なく、しかもなぜかずっと四足で歩いていて、尻尾まである「モノ」、そして他は特段変わらないのだが、ただ腕が4本ある「モノ」・・。兎に角、普通の人、特別な人に共通することとして、ここでは何か技術を身につけなければならないようだった。そして附加価値を付けて、他へと「売る」。だから、価値がないと判断されれば、後は悲惨だった。逃げて日雇い暮らしのホームレスになるか、暴力団に拾われて鉄砲玉として短い一生を終えるか、「養育費」という名の、実に覚えのない借金を背負わされて死ぬまで一生重労働に従事することになか、そんなところだ。
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2018年03月17日
終わりの見えないデスマッチB(8)
実来が選んだのは「格闘」だった。それは、腕っ節に自信があったわけではないが、複数の仲間が選んでいたからだ。そして、皆優しかった。まずはボクシングをやっていた金髪オールバックの5つ上の少年が、基礎から教えてくれた。基礎体力が重要だからとロードワークを延々と行った。倉庫が立ち並び、周りはフェンスと海で囲まれていた。そこから出ることは禁じられていたので、ただ延々と倉庫の外周を走り続けるだけだった。逃げようと思えば逃げられない環境ではなかった。しかし、ここから逃げて、今よりいいことがあるはずがないことは皆分かっていた。そもそも社会から捨てられた人間の集まりだ。表の社会には縁がない。腕っ節にかけるというのもごく自然なことだった。実来は中3「相当」になり、背は150cmくらいに伸びたが、まだまだ小柄だ。ただ、スパーリングなどせず、毎日毎日基礎体力作りだけ。普通であれば嫌になって投げ出すところだが、実来はそんなことをおくびにも出さなかった。
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2018年03月18日
終わりの見えないデスマッチB(9)
そんなことを続けて6ヶ月が経った。実来の顔はどちらかというとちょっとあどけなさの残る愛嬌のある顔だったのだが、ロードワークのおかげで引き締まって、日焼けで黒くなり、なかなか精悍な顔立ちになった。カラダつきもむしろほっそりしてきて、ボクシング体型になってきた。金髪で金のネックレスをした健が、「ちょっと上がってみるか?」と実来を誘った。その頃にはリングというものがいかに神聖なものであるか、実来にも経験で分かってきていたので、上がるだけでも緊張と感動で、実は泣きそうだった。「打ってみろ。」健が自分の腹を指して言う。「自分がですか?」健は軽くうなずいて、来いと手振りで示す。右脇腹に打ち込んだら、同時に健は実来の左頬を思いっきり殴った。その勢いでカラダがバランスを失って吹っ飛んだくらい強かった。「おい、それで本気か?本気で来ないと殺すぞ。」今まで優しかった顔しか見せなかった健の凄んだ声に正直驚きを隠せなかった。健は唖然として立ち上げれずにいる実来に蹴りを入れ、「来い。」と、さっきと同じく仁王立ちになって言う。殴り掛かるが、やはり蹴られ殴られ、リングに叩き付けられる。腹を蹴られて動けなくなった実来の髪を掴んで、無理矢理立たせ、「いいか、実来。俺たちは誰も助けてくれる奴がいないんだ。分かるか?誰一人として手を差し伸べてくれる奴なんていないんだ。自分の身は自分で守れ。それしか生き抜く道はないんだからな。」と説いた。実来は涙がこらえきれず、ワンワンと声をあげて泣いた。こんなに泣いたのは、朧気に記憶の片隅にある母親と死に別れたとき以来な気がした。
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2018年03月21日
終わりの見えないデスマッチB(10)
それから、基礎体力に加えて、健がスパーリング相手になった。ただ、なんかこう、束縛感というか物足りなさが拭えなかった。ボクシングというのは如何せん制約が多すぎる。足が使えないし、拳はグローブでコーティングされている。メニューは淡々とこなして日に日に上達していったが、決められたことしかできないもどかしさが逆に募っていった。週1回、この会場で行われる賭けの試合をこの前、初めて観戦した。もちろん、総合格闘技やボクシング、レスリングやムエタイなど、格闘系の試合はDVDで何度も繰り返し、それこそスローで見たり巻き戻してみたりとそれこそ何度も何度も繰り返し穴が開くくらい見ていたが、生の試合を観るのはこれが初めてだった。試合、といっても、最初の対戦はガリガリに痩せた方が大声をあげて腕を振り回したり、狭いリングの中を逃げまどい、遂にはリングから自ら降りると言う、全然試合になっていない試合だったので、これはこれで衝撃だった。リングは2つあって、1つは低い賭け金でできる、古びたリングにパイプ椅子やベンチが無造作に周りに並べられた安普請なもの、しかし、もう一つは照明が眩しいくらいに照らされ、古代ローマ帝国のコロシアムのように、賭けに参加する人たちがゆったりと自宅でテレビを見ながら観戦しているかのように、前の方はテーブルがあってその後ろにゆったりとした一人がけのソファが並べてあった。観戦したのはもちろん安い方だ。それも立ち見で後ろの方から。次の試合も、いかにも弱そうな二人が上がってきた。喧嘩をしたことがあるのかどうかすら怪しい二人、つかみ合ったり手で殴りあって、絡み合って倒されて、また絡み合ってって勝敗がいつになったら決まるのだろうと思うくらい互角で決定力の欠く試合だった。
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2018年03月24日
終わりの見えないデスマッチB(11)
というか、ずっと気にはなっていたが、そのうち一方は片手で股間を握り締めているのか隠そうとしているのか、恥ずかしいのか防御なのかしらないけれど、どうも自分の股間を守ることで必死なようで、手数はどうしても股間を隠していない方が多くなっていった。殴る力も大したことはないけれども、片手が塞がっている以上攻撃も防御もままならず、結局は一方的な展開となった。やられっぱなしだったが、そんなにも股間が大事だったのか、負けた後も股間から手を離さなかった。健と目が合った。「何か、やる前から分かっていましたね。」「何が?」「勝敗の行方が。」「ん?そうか?俺にはわからんかったけどな。」え?まさかの答えだった。健より優位に立ったように思えた。健に勝てそうな気がしてきた。次の試合はデブ対デブの、これまた見ごたえのない試合だった。殴られて鼻血は出すわ、最後に歯が折れたのか、口から血と一緒に何か噴き出して、慌ててリングを去って行った。
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