そんなに仕事が大事?
2017年03月12日
そんなに仕事が大事?(1)
「昨年と比べて、今年の売り上げは6%ダウンですね。」
統括課長からジクジク、あれこれ30分以上は突き上げを喰らっている。
年2回のボーナス査定。これで明確な根拠を示さないと、さすがにボーナスもカットされるだろう。
今まで4年間ずっと上がり調子だったから、まあちょっとくらいはいいんだが。
「6%というのはちょっと異常な数字だと思いますよ。これがエラーでなければね。今までの売り上げ、5年間ですがグラフにしてみました。」
信明の腕の、ちょうど肘のあたりが、もぞもぞしてきた。もぞもぞしてるなと思うと、他のあたりももぞもぞした感じになってくる。
まあ長い付き合いだから、これがストレス性の蕁麻疹だってことはよく分かっている。
ポツッポツッと一つ一つ、蕁麻疹が増殖していく様子が手に取るようにわかる。
「グラフから見るとわかる通り、今まで上昇基調にあったわけですよ。担当が変わって、それが6%ダウンになった。これが厳然たる事実です。」
ポツッポツであったものが加速度的に増えていく。一つが二つになり、四つになり六つになり、肥大し共鳴し合い・・
これに似たようなことが、ほぼ1年前にもあったなということを思い返していた。
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toppoi01 at 17:16|Permalink│Comments(0)
2017年03月13日
そんなに仕事が大事?(2)
「何、前に言ったじゃん。何で分からないの?」
「それくらいのこと、言わなくても分かるじゃん。何年付き合っているの?」
「ねえ、本当に俺たちって恋人?俺のこと理解している?ねえ?」
「目を見てよ。恋人なんでしょ?目を見られない理由は?」
「ねえ、口あるんだから何か言えるでしょ?ねえ、ねえって。」
「本当に忘れてた?本当に??付き合った日を?今まで、俺たち何だったの?ねえ、ずっと前から約束していたじゃん。一昨日も念を押したよね?何で?ねえ、何で?」
「ふざけないでよ、こっちはずっと前から楽しみにしていたのに、そんな仕事の方が大事?」
「聞いてますか、6%。理由を私は知りたいですね。なぜ故に6%という数字が出てきたかを。」
信明は堰を切ったように、頭、顔、膝、胸、ふくらはぎ、背中、尻、二の腕、首を掻きむしり出した。そして、席を立ち、猛烈に掻きむしった。ネクタイを緩め、ワイシャツのボタンをはずして直接胸の辺り、背中をかき、ワイシャツの手首のボタンを外して腕をボリボリ、また肩の肩甲骨の辺りをかき、足も靴のまま、ふくらはぎ辺りをまずは右足で、そして左足でかき出した。
「仕事、仕事、大事じゃない、大事ではない。」
頬を激しく掻きむしり、頬から血が滲み出てきた。頭もかき毟って、ジェルで固めた髪の毛が最早見る影もないようなクセ毛になってしまった。
「どうしましたか?佐々木君、君、何しているんですか?」
「あぁぁ、あぁぁわぁ!」
制御不能で、皮膚の中のいたるところに糸のように細い虫が這いまわっているような感覚。
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toppoi01 at 09:36|Permalink│Comments(0)
2017年03月14日
そんなに仕事が大事?(3)
「ねえ、俺って一体何なの?何だったの?今まで、信君にとって、俺って何?」
「答えてよ、仕事って何?仕事が一番なんだ?俺じゃなくて、仕事なんだ。俺ってただ、信君のお荷物なんだ。」
「ねえ、何とか言ってよ、本当に?もう、俺、バカみたい。今までの時間、返してよ。失った時間、返してよ。」
「あはははははっ、あはっあははははははっ。」
統括課長はもう何も言わずに、口を半開きにして、信明の、半狂乱になって、殺虫剤をかけられたゴキブリのように、仰向けになって手足をバタバタさせて、目を大きく見開いたまま笑い続けている様子を見続けていた。絨毯には、失禁してズボンから染み出た尿が染みて、真紅のシミを作っていた。
「バカ、バカぁぁぁ!」
信明の耳の中で、1年前の光景が、ずっと反響していた。
耳の中にセミが数十匹いるかのような大音量で繰り返し、繰り返し止むことなく叫び続けられた。
半裸の状態で、力いっぱいかき毟った跡がミミズ腫れになっていたが、信明はなおも嗤っていた。
1年前と同じように。
統括課長は棒立ちで、終わることなく嗤い続ける信明を見つめていた。もはやかけるべき言葉も見つからなかった。
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toppoi01 at 09:06|Permalink│Comments(0)