優先順位
2015年08月15日
優先順位(1)
地下鉄の車内で、携帯が鳴った。妻からだ。
「夕食、どうしますか?」
帰りが不定なので、夕食の時間を確かめる意味で聞いてくる。だいたい夜7時くらいに定期的に来る。
「遅くなるから要らない。」
22時に子どもを寝せるので、帰宅がそれ以降になるときは外で済ますことにしている。そもそも、19時には夕食は大体できているので、ただそれが翌日の弁当に回るだけのことだが。
仕事かどうか、最近は聞いてこない。もちろん、聞かれれば仕事か飲みかと使い分けて答えるのだけれど、白々しい。俺がゲイだと、妻にはバレているから。
ここ半年ほど前から敬語を使われるようになった。子どもでつながっている仮面夫婦。子どもがいなければ、きっと家にも帰らないだろう。
車内が大分混みあってきた。この電車は新宿を通って郊外に抜けるので、新宿に近づくにつれてどんどん乗車してくる。
また、メールが来た。セフレからだ。
「今日、空いてる?」
昇平には、定期的に連絡を取ってセックスをする、セフレが3,4人いる。セフレと呼べなくても、言えばセックスできるようなのも含めれば両手に余るくらい。
セフレの中でも優先順位があって、一位の奴にはアパートを貸し与えている。従順で可愛い奴でね。今、メールがあったのはギリギリセフレって奴かな。一番メールがくるけれど、本当にただカラダだけって感じで、最近はちょっと飽きてきたかなって思っていて会っていない。
名前もどうせ行き当たりばったりで覚えてられないから、地名で呼んでいる。西荻窪ユルケツとか、石神井寸止めとか。携帯はそれで登録してある。さっきの奴は大森海岸サセコ。ま、周りに見られたくない名前だわな。
何でばれたかは、俺の帰りの遅いのを不審に思った妻が興信所に頼んだから。携帯とかパソコンを見られていたかもしれないし、そのうちばれるなとは思っていたけどさ。興信所って奴はすごいね。写真でしっかり男同士ラブホテル入るところと出るところ、日時までちゃんと入れて撮るんだから。
お袋から写真突きつけられて、もう返す言葉がなかった。泣いて、頼むから、後生だから二度としないって誓ってくれって言われた。お袋がね。妻からは何一つ言われていない。離婚どうこうより話もしない。汚いものでも見るかのように嫌悪の表情を浮かべて、ただ淡々と日常を送っている。
俺のことを変態かなんかだと思っているのかな?汚らわしいって目をしている。元々親の紹介で出会ったんで、見合いっていえばそんなんだし、愛情があったかっていえば、普通かなってくらいの愛情しかなかったし。ばれたらばれたで、その方が気が楽かも。
今日は西荻のユルケツとでもやるかな。メールを入れる。高円寺の奴にも聞いて、速くレスがあった方とするか。男って皆俺と同じで、貞操ってものがない。欠落している。まあ、入れるか入れられるかの違いはあるけどさ。
高円寺の奴からメールが来たので、新宿に引き返すことにした。あっちも妻子持ちだから、ラブホで待ち合わせ。向こうがよく使っているラブホはちょっと新宿駅から5分ほど歩いたところにある。おそらく大久保とかから歩いた方が近いのだろうが、教えられた道が新宿からだったので、忠実にその道を辿る。
そろそろ着くかなって頃に、メール。
「すみません。子どもが熱出しちゃったみたいなんで、またの機会にしましょう。」
子どもの熱の方が優先、か。使えねーな。家族の絆の強さ、セクフレのつながりの弱さというものを、改めて感じた。ただ、代わりはいくらでもいるから、と思うと、一抹の切なさもすぐに消え去った。
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2016年02月04日
優先順位(2)
「昇平は朝も最近は一人で食べている。勤務先が変わって通勤に時間がかかるようになったということもあるが、以前は子どもの弁当を作るために妻が先に起きていた。
その妻も、子どもと夫の弁当はスーパーの惣菜で済ますようになり、朝もご飯とみそ汁が用意してあるので、食べたければ勝手によそって食べろと言う感じで置いてある。
家にいるのがいたたれなくなり、配達された新聞を持って行き、早めの電車に乗って、座ってゆったりと新聞を読みながら通勤するのが常となった。」
ここに書いてあることは事実ですわ。そもそもが世間体で結婚したのだから、ゆくゆくはこうなるんじゃないかくらい、俺だって予測はできていたさ。ただ、その覚悟はできていなかった。仮面夫婦というものがこんなにも辛いものだとはね。
いや、妻と出会う前までは、さほどゲイらしい活動もしていなかったさ。それどころか、5年間付き合った女性がいたんだ。恋愛対象はもちろん男だったよ、その当時から。けど、不思議とその女とはしっかり関係ができた。関係ってセックスね。ちゃんと自然に勃起したよ。
けど、今の妻には全く性的魅力を感じない。勃たない。早く孫の顔が見たいと急かされて、何とか勢いで子どもはできたさ。いや、そういうけどさ、勢いで何とかなるもんだよ。成り行きというかさ。性欲とは全くかけ離れたところでできた子どもだ。こういうのをコウノトリが運んできたというんじゃないかな?何というか、意思の働かないところでできたというか、神のなせる業じゃん?子どもに聞かせたらきっとびっくりするだろうな。いつか聞かせてやる日が来るだろうか、「お前は別にパパとママが愛し合ってできた子どもではないんだよ。」って。
妻の妊娠が分かると、俺は男とのセックスを、以前よりも増して、今までの空白を埋めるように求めるようになったってことだよ。獣のようにね。
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2016年03月01日
優先順位(3)
そういうけどさ、第一さ、妻に対して愛情なんてそもそもあっただろうかって話じゃん?性欲がなく、愛情さえなくなったら、それをさ、どうして妻と居続けなければならないよ?子どもと世間体と言った、クモの糸程度の細く切れやすいつながりでしか最早なかったんだよ。お互い離れようとしているけれど、糸と遠心力でバランスよくつながっているように見える、そんな関係よ。
「男には性欲というのも、昇平の自己都合である。相手の女には性欲はないのか、相手の男には愛情はないのか、そういったことを考える視点が欠けていた。自分中心に何もかもが動いているとまでは考えていたわけではない。ただ、自分中心に回っているんだとは思っていた。本当は地球も宇宙の一部であるのにもかかわらず、地球を中心にして太陽や星が回っているのだと考えているかのように。」
いやいや、これもね、俺から言わせてみたらさ、セックスとはじゃあ何ってことじゃない?子孫繁栄でしょ?DNAを後々まで残すことじゃない?だから、女には愛情によって子孫を残してさ、女はその子孫にまた愛情を注ぐだろ?男に対してはそれがないんだから、性欲ってことになるわけだ。使い分けというか、結構しっかりした説明だと思うけど。女とは子供ができるから永遠に続いていくわけで、男は単にセックスしたらそれで終わりというか、その瞬間瞬間でしかないわけよ。生活の中に部分的に入り込んでくるのが男。性欲っていうのは生理現象なわけだから、それを放出したら、元の生活に戻るというわけで。説明するまでもない。
そんなさ、既婚のゲイなんてやたらいるんだから、難しく考えることはない。うまくやっていけると思うよ。俺は不器用な人間だから妻にバレて、それ以来実体のない生活を送っているけれど。それでも子どももいるし、いくらなんでも俺の子供であることには間違いないんだから。苦労したんだ、勃たないのを勃たせるのって大変なんだから。男側の難産って奴よ。
男は消耗品なんだって言った奴がいたっけ?女が備品、男が消耗品っていうのは間違っちゃいないよ。悲しい生き物だよ、男って。まあ、家庭を守ってきたのがちょっとセックスにシフトしてきたかなって程度で、これはこれで弥次郎兵衛のようにバランスが取れている感じが俺にはしている。俺中心だなんて、それって誤解。いろいろバランスをとるって大変なんだから。人生という平均台を慎重に渡っているのが今の俺。自己中なんて的外れだね。
ただ、最近は手詰まりというか、未来が見えないや。八方ふさがりというか、行き当たりばったりの自転車操業のような状態に人生が陥っている。歯車は狂っていないんだけれど、噛み合っている感じがしない。どうしたらいいかね?どうしようもないか。
昇平は、和室の中央で、延々と、誰もいない部屋で誰に聞かせるわけでもなく喚き続けた。蛍光灯が煌々と、数週間前から片付けられていない雑然とした部屋を照らす。数日前に食べて、3分の1程度残っていたカップラーメンの容器が倒れて畳を汚したが、意に介さず、また同じような話を同じトーンで、空中の誰かと会話しているかのように、独白し続けた。
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2016年06月06日
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