2022年02月

2022年02月24日

終わりの見えないデスマッチC(10)

上を見ると、更衣室の辺りからさっきの毛むくじゃらがこっちを見ていた。顔つきはまだあどけなくて、人だとしたら人の良さそうな感じであった。そもそも服装が毛をまるっきり隠すようなものだったので、服を着たら人そのものであった。弘一が着替えている間もずっと弘一を珍しい物でも見るかのように見つめていた。人が珍しいのだろうか、やっぱり人ではないのかな、とも思ったが、後から来た少年を見ると笑顔になり、普通に日本語を話していたので、人なんだなとも思ったが、口を開いたときの牙を見ると、咬まれたりしたら結構まずいのかなとも思ったりした。更衣室に戻ってから気分転換にまたタバコを手にしたが、まだその苦みに慣れず、手に持ったまま火を付けずにいた。次の試合も半グレなのだろうか、首の辺りに鯉の刺青をした細身の男と、やはり足のふくらはぎ辺りに桜吹雪のようなタトゥを入れた細身の男が睨み合って、お互い罵り合っていた。力比べを賭け勝負に使ったのか。暴力団も半グレも、資金難だからな。それにしても、弘一はそのクソつまらないであろう試合の前に組まれていたと言うことに些か不快な気分であった。俺はこんな屑みたいな奴らの前座かよと。以前はメインを張ったこともあるというのに、しばらく顔を見せなければこんな扱いか。まあ、人気商売だからな。あと数試合残っていたが、観るだけ時間の無駄だなと思い、出口に向かうと、携帯電話のバイブが右ポケットで震えた。

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2022年02月21日

終わりの見えないデスマッチC(9)

翌週、指定時間に来ると、こちらをジッと睨んでいる、金髪をソフトモヒカンにした、まあヤンキー上がりなんだろうなって外見だった。弘一はそもそも対戦相手の情報をほぼ見ていない。写真も不鮮明であるし、そもそも先入観を持たないでいたいからというのもあった。それに、この格闘場は撮影は禁止だ。もちろん興業主は撮っているのかもしれないが、試合を目の前で見ない限りは対策を立てようがない。リングからわぁぁという悲鳴めいた声が聞こえた。対戦相手がリングを降りて駆け出していた。不戦勝か。不戦勝というのも実際は多い。対戦相手が現れないと言うこともよくあることだ。また、見た感じで勝てないと分かれば、早々に降参してしまうこともある。現れない場合は不成立になるので、そもそも賭けにもならないしファイトマネーさえ出ない。先週の弘一もそうだったが、現れたけれど対戦せずに不戦勝という場合、ファイトマネーと賞金ももらえ、怖じ気づいて逃げ出した相手にもファイトマネーは出る。もちろん怒号が飛び交って手当たり次第の物をぶつけられたりはするが、試合はしたことになるのだ。それにしても、その相手が戻ってくるが、遠目で見ても毛皮を着ているよな?という感じであった。近くで見ると、顔は人間だけれど、明らかに尻尾が生えているし、そもそも猫背の背中はかなり硬そうな黄金の毛で一面覆われていて、毛が生えていないのは顔と尻くらいのものだった。それでいて服を器用に着るところを見ると、やっぱり人間なのかなとも思ったが、まあ何されるか分からないから逃げ出す理由もよく分かった。リングに降りて対峙すると、さっきよりも増してこちらを睨んでいた。コングが鳴ると、前傾姿勢のまま徐々に近づいてきて、明らかに足を掴もうとしていたが、弘一がカラダを一回転させつつ放った蹴りが狙い通り顔面にヒットして、小さなカラダごと吹き飛んだ。足の感触からは顎の辺りに当たったか?まあ、それっきりだった。

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2022年02月15日

終わりの見えないデスマッチC(8)

久々に来たが、何も変わっていなかった。待機するスペースにしては小さくて簡素で、そもそも名称も更衣室であって待機用には作られてもいない。薄い壁から外気の影響をまともに受けてエアコンが稼働しているけれども足の先から染みこむような冷たさは、ただ待っているだけで細身の弘一は風邪を引きそうだった。対戦相手も、更衣室と言われる待機所はここしかないのだから、青い厚手のパーカーを羽織ってずっと俯いてブツブツ言っていって時間が来るのを待っていた。対戦時間になり、リングに降りたが相手は降りてこなかった。復帰戦は不戦勝で、相手は精神を病んでいるのか、失禁したままずっとブツブツ言ってそこを動こうともしなかった。降りると、VIP席に黒いスーツを着てサングラスをかけた男がいた。智哉か、とハッと気づいて見たが、こちらに気づくと一礼し、またリングの方に目を移した。そして、こちらを再び顧みることはなかった。帰りがけ、メールが来ていた。次の対戦相手についてだった。普通だったらこちらが依頼してからでなければ来ないはずだが、こちらの予定も聞かれていないのに来週に設定されていた。

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2022年02月12日

終わりの見えないデスマッチC(7)

弘一は、足元をふら付かせながら、半ば死人のようになって茫然自失として駅までの道を歩いていた。何度も何度も夜通し苛まれ、玉はその度に潰され、そしてその度に大量の液体をカラダから絞り出したことと、その結果得た情報に少なからずのショックを受けたからだ。自分から進んで愛人に、それに、戦うことが好きだったのでは・・そもそも、そんなに金に執着するような奴ではなかったが、やはりどう考えたって結局は金に目が眩んだという結論にしかならない、自分で・・俺よりそのオーナーの方がそんなに魅力的だったのか。何しろ、あんなに俺に懐いていたのに、急に俺の元を離れて自分から行ったなんて・・どう考えてもこれといって思い当たる節もなく、事実を告げられたのだろうが、やはりその事実をまともに受け止められない自分がいた。しかし、心の奥底で沸々と湧き出してくるものがあった。このモヤモヤ感は試合に出て発散する以外にはどうにもならないことは、自分自身が一番よく知っていた。

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