2021年06月

2021年06月13日

疑心暗鬼(11)

兵舎前に人影
翌朝、昨日と同じく凍てつくような寒さであった。少年兵はそろそろ交代の時間であったので、あくびをしながら小便をしに行く途中、何か薄黒い物体が放置されているのを見た。恐る恐る近寄ってみると喜屋武だった。昨日、郡と一緒について行った少年兵でったので、顔を見てすぐに分かった。しかし、既に喜屋武は事切れていた。本来であれば真っ先に上官に報告すべきところだが、衝撃に思わずもう一人の少年兵を呼び、その死体をマジマジと見た。
別れた当初と同じく全裸だったが、泥土を転がされたのか、全身が泥にまみれていた。顔以外、至る所がうっ血して赤黒く変色しており、激しい打撲が加えられたことを物語っていた。指という指は折られ、腕もあらぬ方向に曲がっていた。また、ところどころに点のような傷があって血が滲んでいた。錐のような太い尖ったもので刺された跡だった。特に太ももの辺りに集中していた。おそらくは致命傷を与えず、かつ深く刺しやすい場所を選んだのだろう。特に目を見張ったのはその付け根にあるものであった。二人は目を合わせて唾を飲み込んだ。昨日見たモノは真っ白かったが、ここにある物体は真っ黒になって、二倍に腫れ上がっていた。また、よく見ると太ももにあったような太い針で刺されたような傷や水ぶくれ、火傷のようなただれもあった。その下には、テニスボールのように腫れ上がった二つの玉が異様な存在感を出していた。口を大きく開け、目も開いたまま、異形な形で息絶えていた。一週間後、郡は約束した場所に行ったが、皆原の姿はなかった。皆原はそれっきり、二度と現れることはなかったし、消息も全く聞かなかった。

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2021年06月11日

疑心暗鬼(10)

一面見渡す限りの平原で、痩せた大地を耕している貧農が建てた小屋以外、人工物は見当たらない。しかし、見かけは貧農でも、非常時には兵士になる、これが中国側の戦い方であった。一見粗末な小屋のように見えても、ゲリラ兵が潜んでいていきなり躍りかかると言うことも良くある。ここもそのゲリラの拠点の一つであった。喜屋武は暗くなるまで茂みに潜み、そこから川沿いに歩いて近くの農家に入り、そこで服を調達しようと目論んだが、入ってみると中はがらんどうだった。ただ、火を起こした跡が残っていたことから、住居ではないにせよ、小屋として使っていたことは間違いないと思い、布の切れ端など身につけられるようなものを探していた。するといきなり背後から襲われた。武器どころか何も持っていなかったため、いとも簡単に取り押さえられたのであった。
「はは、何だ、逃げられると思ったか。浅はかだな。」
「お前、皆原か?」
カーキ色の粗末な八路軍の服装をしていたので分からなかったが、中国人に紛れて皆原がそこにいた。
「ずっとオマエを付けていたが、まさかここに入るとは、実に飛んで火に入る夏の虫ってとこだな。」
「お前、お前、まさか本当に八路軍のスパイ・・。」
「なんだ、本当にスパイだとは思わなかったのか?みんなしておめでたい奴らばっかりだ。」
「騙していたのか?」
「騙す?それがスパイの仕事じゃないのか?」
軽口を叩くが、取り囲んでいた輪からは反応がなかった。
「どうするつもりだ?俺から新しいことなど聞き出せないことは分かっているだろう?」
周りの中国人は皆、殺気立っていた。
「いやいや、喜屋武よ。誰もお前の口を割らそうなんて思っていないさ。お前、捕らえた八路軍をどうしたっけ?」
「あれは郡だ、郡だろ、おい。」
「おいおい、諦めろ。中国語しか分からないんだ。どうせ、何から何まで全部筒抜けなんだよ。俺はスパイなんだぜ?まあ、まだ暗くなったばかりだ。ゆっくりしていけ。明日になったら帰してやるよ。」
皆原は何か中国語でつぶやくと、背を向けて隣の部屋へ移った。取り囲む輪が騒がしくなっていった。膝を折って泣き叫ぶ者、棒を振りかざして喚くがそれを制す者、こちらを見ながら口論する者、ずっと睨み付けて動かない者、収拾がつかないが、共通しているのは皆がこちらを敵視していることだった。喧噪は皆原の再登場で破られた。

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