2021年04月

2021年04月29日

疑心暗鬼(2)

二重スパイ、か。部屋を出るとき、皆原は誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。特殊諜報部第四課の班長である皆原は、複数の中国人スパイを抱えていた。報酬として金銭も与えるが、そのスパイが周囲に信用されるよう、少なからずの情報も与え、その中には軍務の機密情報も含まれているのだった。背中を嫌な汗が流れ落ちた。二重スパイ、そんな嫌疑にでもかかった日にはそれこそ銃殺刑だ。3か月前、日本人の商社で出入りしていた者の一人が八路軍と通じていたことが発覚し、突然拘束されて特高の拷問を受けた末に郊外で銃殺刑に処せられる場面を目にしたことがある。フラフラになりながらも自分でスコップで穴を掘り、目隠しをされて後ろ手に縛られ、至近距離から背後を打たれてそのまま自分が掘った穴へとつんのめる姿。あんな惨めな最期を遂げるのは真っ平だ。心当たりはあった。第四課には三つの班があるが、第二班の郡の班は実績をあげようと焦り、かなり手荒いことをすることで有名であった。ただ、いくら拷問で自白をさせたところで、ないものをあることにすることなどなかなかできない。謀議、嫌疑などいくら積み上げたところで、こちら側が作った絵空事が事実にはなるわけではない。むしろ、地道な諜報活動が成果を上げるのはごく当然で、ただ課で断トツの検挙数を誇る第二班にとっては面白くない話ではあった。

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toppoi01 at 08:30|PermalinkComments(0)疑心暗鬼 

2021年04月26日

疑心暗鬼(1)

「中尉、あなたがなぜ、ここに呼ばれたか、分かりますか?」
「いえ、後藤少佐、私には皆目見当がつきかねます。」
そう言いつつ、皆原中尉は、この前の騒擾の取り締まりにあたっての褒賞のことだろうと思っていた。つい10日前に、露西亜の遺産でもあるロータリー附近で起こった中国人同士の諍いについて、先に新聞にリークして、取り調べもまだ終わっていないのに、結論ありきで軍医局送りを決めてしまったのである。当然少佐の耳に入っていることだろうが、まだ報告書が途中であったために、課長には草稿程度を見せていただけであった。しかし、特殊諜報部長である後藤少佐から直々に言われるということは、栄転の可能性もあるか、そう思うと自然と口元が緩んだ。
「中尉、しかし、君がこんなことをするとは私はいまだに信じてはいないんだがね。」
「少佐殿、これは支那人のスパイを潜り込ませ、この反日騒擾の謀議を事前に聞きつけ、精鋭部隊を張り付けていたのです。二重スパイというご懸念を抱いているようでしたらご心配なく、その者は・・」
「いやいや、そのことではないんだ。」
半ば嘘とはったりで塗り固めた真骨頂ともいうべき語りを手を交えて遮って言うには、
「というかだな、君のことを二重スパイなのではないかと疑う者がいるんで、俺も弱っているんだがな。」
「自分が、ですか?」
「まあ、君に限ってそんなとんでもないことをしでかさないとは思うが、こういう世界だ、知らぬ間に罠にかかることだってあり得る。重々気を付けたまえ。」
「ありがとうございます、少佐。」


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toppoi01 at 15:51|PermalinkComments(0)疑心暗鬼 
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