2018年03月

2018年03月31日

終わりの見えないデスマッチB(14)

実来は健に相談してみた。すると、ナデートについていたシディークがその役を買って出た。シディークは見たところ虚弱体質であるかのように線が細く、風が吹けば倒れるんじゃないかと思われるくらいだった。健と比べれば明らかに力の差があり、実践の相手だと聞かされるとからかわれているのかとムッとした。きっと見くびられているんだ、俺がこいつを打ちのめして突き返してやれば、俺の実力が分かるだろうと思い、早速シディークと実戦を行った。打って来いと一丁前に言うので、軽くローキックを放ったら避けられた。あんまり強めに蹴って相手を怪我させちゃってもなと思って様子見で健に徹底的に教わったジャブを繰り出すが、全然当たらない。フットワークがかなり軽くて避けられてしまう。シディークはケタケタ笑っている。余裕なんだ。しかし、あまりに当たらないと練習にもならない。こういうのは実力差がはっきりしている相手だったら分かるが、明らかにシディークの方が体格的に劣っているし、それでいておちょくられている。実来は、分かった分かったと手振りで示して、近づいていって、細い二の腕を掴んだところにボディを食らわせた。本気で殴ったわけではないが、うずくまって倒れ込み、エビの字になって呻いていた。さすがにやり過ぎたなと思って近づくと、実来の肩に手を乗せて、立とうとしたところにボディを食らった。取るに足らない相手だと思っていたし、そもそも腹筋には自信があったのだが、結構鋭いボディで、平静を保っていたが実は結構効いていた。「なかなか強いね。」とシディークはまだ腹を押さえていたが、ニヤッと笑った。
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2018年03月28日

終わりの見えないデスマッチB(13)

ジャナバルは腕が4本あり、指も6本それぞれ生えている。そのせいか、上半身の発育が尋常ではなく、おそらく実来の2倍はあるのではないかというくらいの肩幅で、胸ももの凄く厚く、肩幅もアンバランスに広かった。ただ、腕は上腕の方が太くて、普段はその上腕の方だけ使っていて下段の腕は垂れ下がったままだった。そのためか、下段の腕は2周りくらい細かった。ナデートは、ヒマラヤの雪男と言われても違和感がないくらい、ふさふさでやや硬めの黄金の毛に覆われていた。夏の間はその毛が薄くなって首や胸、内股の辺りは毛が全くなくなるが、その他の時期はその毛で皮膚が全く見えなかった。顔と尻は毛がなく、さっぱりとした顔つきをしていた。なので、ジャナバルと違って長袖シャツとジーンズをはいていれば気づかされないが、尻尾が足より長く、そしてその尻尾は手よりも自由自在に、そして素早く動かせるらしく、缶ジュースなどは尻尾を使って飲んでいるくらいだ。あと、口を開くと、糸切り歯が牙のように鋭く生えている。ひどい猫背で、聞くところによると四足で走った方が速いようだ。奇形と言われればそうなのだが、普段は実来に対してとても優しく接してくれ、普段から精悍で厳しい顔つきをしている健と異なり、いつもニコニコしていた。ジャナバルとナデートは、それぞれ別の専従の相手がいて、その人とトレーニングを積んでいたのだった。
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2018年03月25日

終わりの見えないデスマッチB(12)

終わった後、ハッとするとすっと鼻血が一筋垂れて、ジーンズを赤く染めていた。そして股間はずっと硬い状態を維持していた。一対一の喧嘩、それも誰にも止められることもないし、ルールに縛られずに強い者が勝つという単純明快なルール。今までずっと意味も分からず、時には理不尽なルールで雁字搦めに縛り付けられていた実来にとって、内から解き放たれた、とても爽快で弾け飛ぶような強い衝撃だった。こんなにも高揚とした気分は初めてだった。これが探していたものかとカラダに電気が貫通したかのようにビリビリという感覚が走った。帰ると、自分の気持ちを率直に仲間に伝えた。目標を持った実来は、それからは率先して暇さえあればトレーニングをこなし、そして健とスパーリングをした。というのも、他の者が全然相手にしてくれなかったからだ。頼み込んだがダメの一点張りだった。このデスマッチを選んでいるのはジャナバルとナデートだけだった。二人とも、今まで会ったことのない人間だった。人間には違いない。しっかりとした日本語をしゃべっているのだから。ジャナバルはトルコから、ナデートはタイから子どもの時に買われてきた、というよりは親に見捨てられて引き取られたというのが正解だろう。そもそも、風貌が人間とはいえず、親から忌み嫌われて生まれたときから孤児だったのである。


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2018年03月24日

終わりの見えないデスマッチB(11)

というか、ずっと気にはなっていたが、そのうち一方は片手で股間を握り締めているのか隠そうとしているのか、恥ずかしいのか防御なのかしらないけれど、どうも自分の股間を守ることで必死なようで、手数はどうしても股間を隠していない方が多くなっていった。殴る力も大したことはないけれども、片手が塞がっている以上攻撃も防御もままならず、結局は一方的な展開となった。やられっぱなしだったが、そんなにも股間が大事だったのか、負けた後も股間から手を離さなかった。健と目が合った。「何か、やる前から分かっていましたね。」「何が?」「勝敗の行方が。」「ん?そうか?俺にはわからんかったけどな。」え?まさかの答えだった。健より優位に立ったように思えた。健に勝てそうな気がしてきた。次の試合はデブ対デブの、これまた見ごたえのない試合だった。殴られて鼻血は出すわ、最後に歯が折れたのか、口から血と一緒に何か噴き出して、慌ててリングを去って行った。
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2018年03月21日

終わりの見えないデスマッチB(10)

それから、基礎体力に加えて、健がスパーリング相手になった。ただ、なんかこう、束縛感というか物足りなさが拭えなかった。ボクシングというのは如何せん制約が多すぎる。足が使えないし、拳はグローブでコーティングされている。メニューは淡々とこなして日に日に上達していったが、決められたことしかできないもどかしさが逆に募っていった。週1回、この会場で行われる賭けの試合をこの前、初めて観戦した。もちろん、総合格闘技やボクシング、レスリングやムエタイなど、格闘系の試合はDVDで何度も繰り返し、それこそスローで見たり巻き戻してみたりとそれこそ何度も何度も繰り返し穴が開くくらい見ていたが、生の試合を観るのはこれが初めてだった。試合、といっても、最初の対戦はガリガリに痩せた方が大声をあげて腕を振り回したり、狭いリングの中を逃げまどい、遂にはリングから自ら降りると言う、全然試合になっていない試合だったので、これはこれで衝撃だった。リングは2つあって、1つは低い賭け金でできる、古びたリングにパイプ椅子やベンチが無造作に周りに並べられた安普請なもの、しかし、もう一つは照明が眩しいくらいに照らされ、古代ローマ帝国のコロシアムのように、賭けに参加する人たちがゆったりと自宅でテレビを見ながら観戦しているかのように、前の方はテーブルがあってその後ろにゆったりとした一人がけのソファが並べてあった。観戦したのはもちろん安い方だ。それも立ち見で後ろの方から。次の試合も、いかにも弱そうな二人が上がってきた。喧嘩をしたことがあるのかどうかすら怪しい二人、つかみ合ったり手で殴りあって、絡み合って倒されて、また絡み合ってって勝敗がいつになったら決まるのだろうと思うくらい互角で決定力の欠く試合だった。
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2018年03月18日

終わりの見えないデスマッチB(9)

そんなことを続けて6ヶ月が経った。実来の顔はどちらかというとちょっとあどけなさの残る愛嬌のある顔だったのだが、ロードワークのおかげで引き締まって、日焼けで黒くなり、なかなか精悍な顔立ちになった。カラダつきもむしろほっそりしてきて、ボクシング体型になってきた。金髪で金のネックレスをした健が、「ちょっと上がってみるか?」と実来を誘った。その頃にはリングというものがいかに神聖なものであるか、実来にも経験で分かってきていたので、上がるだけでも緊張と感動で、実は泣きそうだった。「打ってみろ。」健が自分の腹を指して言う。「自分がですか?」健は軽くうなずいて、来いと手振りで示す。右脇腹に打ち込んだら、同時に健は実来の左頬を思いっきり殴った。その勢いでカラダがバランスを失って吹っ飛んだくらい強かった。「おい、それで本気か?本気で来ないと殺すぞ。」今まで優しかった顔しか見せなかった健の凄んだ声に正直驚きを隠せなかった。健は唖然として立ち上げれずにいる実来に蹴りを入れ、「来い。」と、さっきと同じく仁王立ちになって言う。殴り掛かるが、やはり蹴られ殴られ、リングに叩き付けられる。腹を蹴られて動けなくなった実来の髪を掴んで、無理矢理立たせ、「いいか、実来。俺たちは誰も助けてくれる奴がいないんだ。分かるか?誰一人として手を差し伸べてくれる奴なんていないんだ。自分の身は自分で守れ。それしか生き抜く道はないんだからな。」と説いた。実来は涙がこらえきれず、ワンワンと声をあげて泣いた。こんなに泣いたのは、朧気に記憶の片隅にある母親と死に別れたとき以来な気がした。

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2018年03月17日

終わりの見えないデスマッチB(8)

実来が選んだのは「格闘」だった。それは、腕っ節に自信があったわけではないが、複数の仲間が選んでいたからだ。そして、皆優しかった。まずはボクシングをやっていた金髪オールバックの5つ上の少年が、基礎から教えてくれた。基礎体力が重要だからとロードワークを延々と行った。倉庫が立ち並び、周りはフェンスと海で囲まれていた。そこから出ることは禁じられていたので、ただ延々と倉庫の外周を走り続けるだけだった。逃げようと思えば逃げられない環境ではなかった。しかし、ここから逃げて、今よりいいことがあるはずがないことは皆分かっていた。そもそも社会から捨てられた人間の集まりだ。表の社会には縁がない。腕っ節にかけるというのもごく自然なことだった。実来は中3「相当」になり、背は150cmくらいに伸びたが、まだまだ小柄だ。ただ、スパーリングなどせず、毎日毎日基礎体力作りだけ。普通であれば嫌になって投げ出すところだが、実来はそんなことをおくびにも出さなかった。

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2018年03月14日

終わりの見えないデスマッチB(7)

好きなこと、この空間にはいろいろな「モノ」がいた。ずっと朝から晩までコンピューターを弄って何やら作っている「モノ」、外国語の勉強を毎日毎日飽きずにしている「モノ」、それぞれが独特だったが、身体障害者が目立って多いのが何よりもびっくりした。腕が2本ともないが、口で筆を持って字を書いたり絵を描いたりしている「モノ」、足が1本しかなくて、ずっとケンケンで倒れもせずに動き回っている「モノ」、頭から火傷のケロイドがものすごい状態で残っていて、顔はもう髑髏に目があるようなひどい有様で腕もカラダに一部くっついているがアコーディオンを必死に弾いている「モノ」、中でもすごいのが、雪男かと思うくらい毛の量が半端なく、しかもなぜかずっと四足で歩いていて、尻尾まである「モノ」、そして他は特段変わらないのだが、ただ腕が4本ある「モノ」・・。兎に角、普通の人、特別な人に共通することとして、ここでは何か技術を身につけなければならないようだった。そして附加価値を付けて、他へと「売る」。だから、価値がないと判断されれば、後は悲惨だった。逃げて日雇い暮らしのホームレスになるか、暴力団に拾われて鉄砲玉として短い一生を終えるか、「養育費」という名の、実に覚えのない借金を背負わされて死ぬまで一生重労働に従事することになか、そんなところだ。

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2018年03月11日

終わりの見えないデスマッチB(6)

そして、いじめられることがなくなると、今度は不思議なもので張り合いがなくなった。もし、誰かが肩を小突いてきたら、因縁を吹っかけてきたらといつも気を張り詰めていたのだけれど、そんなことがピタッと止まったのだ。そして、そんな毎日に飽き足らなくなり、むしろこっちからきっかけを作っていくようになっていき、施設内外でいろいろいざこざを起こすようになった。そして、「売られた」。いや、表向きは引き取り手が見つかったというべきなのだが、実際は厄介払いであった。ただ、決して嫌で行くわけではなかった。最初は更生施設に行くのかと思っていたが、そうではなくて養成施設であり、そこでは仲間と切磋琢磨して好きなことをすればいいというものだった。元々居場所なんて初めからなかった実来にとって、新たな挑戦の場でもあった。

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2018年03月10日

終わりの見えないデスマッチB(5)


ときどき、どうしても寂しくなったときは、ベッドと布団の間に隠してあったそのシールを眺めた。ピンク色のハートに囲まれて笑いかける両親。どっちも会ったことは一度もないし、きっと会うことも永遠にないのだろうが、そのシールを見ると、不思議と寂しさが消えるのだった。その大切なシールを、奪われてしまった。2年上で、育てていた祖父母が死んで、幼い頃から施設に預けられ、この施設のリーダー格になっていた奴だった。
「なんだ、このシール。誰、コイツ?」
「返してください。」
奪おうとしても、背が高いので届かない。周りの奴らは皆嗤って見ている。
「誰って聞いてんだけど。」
「返してください。」
「言えば返してやるよ。」
「・・お父さんとお母さん。」
皆、笑い転げた。
「お前、バカじゃねーの?お前は誰でも股開く名もないソープ嬢と薄汚いハゲたエロオヤジの子なんだよ。」
そう言って、そのシールを丸めて投げ返した。何かプツリと切れる音がした。
「うおぉぉぉぉぉ!!!」
気づいたら、そいつがうずくまって呻いていた。怒りに任せて股間に蹴りを入れたのだ。普段からいじめている奴がまさか反撃するとは思っていなかったからか、不意を喰らってモロに急所を直撃した。痛烈な痛みにもがき苦しみ、痛みに耐えかねて声をあげて泣いていた。シールをまた伸ばしてから周りを見ると、皆目を反らした。実来はシールを元の場所に貼って、固くひんやりしたベッドの上に寝転がった。


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