2019年08月03日

灰色の空間(2)

「お前がどうしてここに来たかは、お前自身がよく知っているはずだ。我々は、ただお前が正直に話してくれればすぐにでも開放してやろう。」
抑揚のない口調で、事務的に淡々としゃべる。きっと何十人、何百人に同じ話をしているのだろう。
「7月16日に鍾路で会った人物、そして話した内容について知っていることを話せ。」
「それを話せば解放してくれるのか?」
「もちろんだ。」
心当たりはあった。7月16日は確かにそこで野党政治家のチョン代議士と話している。ただ、話すほどの内容ではない。
チョン代議士は野党第一党の政治家ではあり、朝鮮戦争の後は民主派の弁士として名を馳せたが、権力争いに敗れ、第一線から退き、名誉総裁と言った名ばかりの、今では何の実権も持たない一政治家に過ぎない。その政治家が話したことを聞いて何になるのか。
話したところで何も支障はない、あったとしてもチョン代議士側であろう。そもそも呼ばれて話を聞いたはいいが、結果時間の無駄としかいいようがない、権力を持たないものの愚痴を漫然と聞いたようなものだ。その権力欲の権化の愚痴に過ぎない。
テガンは覚えている限りのことをしゃべった。いや、しゃべらなかったとしても、既に没収されたメモや録音機からどうせ分かることだ。椅子の背を正面にして座っている男と斜め後方で記録する男は、テガンの話をただ聞いていた。ただ、記録をしている様子はなかったが。
しゃべり終わると、沈黙が訪れた。
「おい、それだけか?」
静かに、確認するように事務的な声で、座りながら問いかけてきたが、これ以上知っていることはない。事実を淡々としゃべっただけだ。
「まあ、いい。しゃべりたくなったら言うといい。」
そういうと、椅子から立ち上がり、広々とした、薄暗い地下室から出て行った。
手は前にロープで縛られたまま、10分くらい経った。
その間、記録(といっても特に何もしていなかったが)係はずっと同じような姿勢で座っていた。

人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
toppoi01 at 08:30│Comments(0)灰色の空間 

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

記事検索
最新コメント