「そろそろです。」事務的な電話だった。智哉には結局このことは言わなかった。試合前には会わないようにしているが、きっとどこかで見ているのだろう。ロッカーで着替え、リングに向かうと、既に相手はリングにいた。二人とも俺と同じくらいの長身だ。奥目の方の右目は義眼のようだし、南米人の顔立ちの男も前歯が3本くらい欠損していた。コングが鳴った。義眼の奴は早くも後ろに回りこんでいる。もう一方は隙っ歯を覗かせてニヤリと醜悪な笑みを浮かべると、何かペットボトルのキャップのようなものを咥えたようだった。こっちから仕掛けた。その隙っ歯に蹴りを入れようとしたが、これはかわされた。しかし、フェイントで回し蹴りを行った。後ろは見えていなかったが、ふくらはぎの辺りがヒットしたようで、倒れる音がした。そして向かい合う。仰け反って蹴りを放ったのが良かった。相手の顔面を掠ったが、その際に霧状のものを噴き出して、その青い器具が口から跳び出した。若干目が染みたところから、目潰しのための噴霧剤だったのかもしれない。予想外のことに戸惑い、額に深い皺を浮かべてこちらを見るが、既にもう一度、今度はしっかりと重心を保った蹴りを放っていて、防ぐ間もなく後頭部を直撃し、前から倒れていった。ダウンだ。よし、と思ったが、その間に義眼はカラダを起こしていて、すぐに俺を羽交い絞めにした。しかし、俺の腕が長いというのが計算外だったようだ。義眼の下にぶら下がるモノを探り当てるのは容易だった。握り緊めていくと義眼は両手で俺の手首を掴んだ。顎の辺りを目掛けて殴ると、そのまままた倒れた。そして、隙っ歯の方は幸いなことにダウンしたまま起き上がってこなかった。ダウンを取る時間が長く感じたが、10秒が経過し、懸念とは裏腹に勝利を得たのであった。
人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村