2017年04月03日

夜明け前(5)

金曜日にしては珍しく、夜2時くらいに客がいなくなった。まだ来るかもしれないので、店は開けておいたが、来たとしてもたかが知れていると思うので、明を先に帰すことにした。
「もう、いいわよ。明日も仕事でしょ?」
明は黙々と、多少疲れたスポンジで、コップと平皿を洗っている。
「どう?大分紛れたかしら?それともまだまだ引きずっているの?」
明は答えないで、若干シミのついた布巾でコップを拭く。
「いつまでも溜めこむのって、カラダに良くないわよ。」
「ママ・・。」
コップを置いて、幸子(繰り返すが、本当の名前は智幸)を見つめた。
「ママ、俺、ママのことがずっと好きなんだ!」
「えっ!?」
幸子は思わず、普段は出さない、地の低い声をあげた。
「やだ、あんた、オバサンをからかうもんじゃないわよ。」
「俺じゃダメかな?」
明は幸子の手首を掴んだ。
「俺、ママが・・」
「駄目よ。」
幸子は明の手を払い、カラダを90度ひねって自分に言い聞かせるかのようにつぶやいた。
「生理なの。」
明は、ちょっと引きつったような顔をしたが、それもすぐ破顔一笑に変わった。
「じゃあ、生理治ったら・・。」
「生理は病気じゃないわよ。」
「ママのは病気だよ。血が出てるんでしょ?」
明は、なんだか久しぶりに笑ったように感じた。笑うことを今まで忘れていたのかもしれない。何か、つかえていたものが取れた感じがした。
「俺が、血を止めてみせるよ。」
幸子は幸子で、逆に脳の血管が切れそうだった。こめかみに青筋が立っていないか不安なくらいだ。
二人は見つめ合って、そしてどちらともなく抱き合った。明は幸子の厚い胸に顔をうずめた。幸子は、ルージュのマニキュアを塗ったごつい手で、明の頭をなでた。いつまでも、いつまでも。

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toppoi01 at 19:21│Comments(0)夜明け前 

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