コンビニでレジを打つ。水道料金のシートに赤いスタンプを押して、お釣りと一緒に返す。そして、さっき入荷した雑誌の梱包を解いて、並べ始める。
「おい、ハサミムシ、ハサミムシじゃんか、オマエ。久しぶりじゃね?」
「あ、マジで!ハサミムシだ、ハサミムシだ。ウケる。」
ハサミムシ・・中学、高校を通じて俺につけられたあだ名。クラスの男子だけでなく女子も、そして顧問の先生もそう呼んでいた。
簗場とメスゴリラだ。久しぶりに遭った。成人式以来か?簗場は昔から馬鹿面をしていたが、さらに太って馬鹿度合いが増したな。メスゴリラもすげえ迫力。簗場より体重あるんじゃないか?
「何、コンビニで働いてんだ。超ウケる。」
「ハサミムシ、ちょっと禿げたんじゃね?マジか。禿げてんじゃん、コイツ。」
俺はシカトぶっこいていた。
「おい、テメー、何シカトしてんだよ。また、遊ぶか?」
「いえ、いえシカトなんてしてないです。しなければいけない仕事が溜まっているんです。」
遊ぶっていうのは隠語で、要はイジメだ。簗場の顔を見ると、放課後の鬼ごっこを思い出す。
鬼は簗場だけではなく、いつも5,6人いた。逃げるのは俺の他にもいたが、大体、俺は逃げ切ることができなくて、真っ先に捕まった。
捕まると、鬼の言うことを1つ聞かなければならない。プロレス技や柔道の技の実験台だったり、下半身だけ全部脱がされたり、眉毛を半分剃られたり、髪の毛燃やされたり、石食わされたり、まあいろいろだ。ただ、誰が鬼であろうと、それらの大半は簗場の指示によるものだった。
克利はそんなことがいろいろあり過ぎて忘れているのだろうが、ハサミムシの由来は、プールと校舎の間で鬼ごっこをして捕まった時に、壁面と地面との境に数匹のハサミムシがいて、それを喰わされたことからだった。
最初は「便所虫」と言われていたのだけれど、昆虫博士と呼ばれていた秀才からの指摘を受けて、それ以来ハサミムシと呼ばれるようになったのだ。
「久しぶりの再会なんだしよ、なんか奢れよ。」
「え、マジで?奢ってくれんの?」
何言ってんだよ、デブメスゴリラ。
「じゃあ、アッタシ、スムージー飲みたいかも。」
「俺、セブンスターくれや。」
ベトナムから来た留学生のバイトが、レジを打っていいものやら戸惑っている。
「ちっげーよ、2個ずつ。そうそう。払いはアイツだから。」
「バイビー、ハサミムシ。ちゃんと働けよ!」
簗場たちは意外とあっさり帰って行った。克利が簗場たちが車に乗り込むところを見つめている間、ベトナム人留学生は「ハサミムシ」という単語の意味を携帯で調べていた。
「今の、誰にも言うなよ。言ったらクビだかんな。お前なんかすぐクビだ。」
ベトナム人留学生にさっきとは打って変わって威勢よく言い放った。
やられたらやり返す、それが克利の信条だ。店内からセメダインと虫眼鏡を取り出し、コンビニを出て駐車場の脇にある緑色をしたフェンスの前にしゃがみこんだ。蟻の巣を見つけると、そこにおもむろにセメダインを流し込んだ。働きアリの数匹は飲み込まれたが、あとは散り散りに散らばって行った。それを虫眼鏡で追いかけた。太陽光を集中させて、一匹一匹を焼き殺していった。
「逆らうとこうなるのだ。二度と来るな。お前たちの来るところではなーい、立ち去るがよい。」
にやけながら、虫眼鏡で次のターゲットを追いかけていた。
その姿を店長の息子がすぐ側で立って見ていた。ベトナム人留学生からたどたどしくも詳細な報告を、既に聞いていた。しばらくはその行為を見つめていたが、注意せずに放っておいた。
満足げにコンビニに戻ると、事務室に呼ばれ、そこで店長から共限りで解雇ということとスムージー等の未払金の支払について、淡々と説明を受けた。

帰りに蟻の巣を見たら、セメダインは土に吸収されて跡形もなくなり、すぐ側に新たな穴ができていた。それを足で踏み潰し、「カスが!」と大声を出し、駅に向かって走った。
まっしぐらに家に戻り、自分の部屋にこもった。早速、DVDを鑑賞しようと思ったが、いつも置いてあるはずの棚にそれがない。段ボールごとなくなっている。バディもディルドも、すっかりなくなっている。
隣のおばさんが、克利のオナニーを見た翌日、克利の母親に、それとなく言ったのだった。
聞いたとき、母親はもう赤面して声も出なかった。周囲にはいい大学を出て、将来は会計士になるんだと良いことばかり言っていたので、男の裸映像見ながら全裸で騒いでいたなんて醜態を聞かされて・・
部屋に入って隠してあったDVDや雑誌、グッズを全て運びだし、母屋に運び込んだのだ。DVDにつぎ込んだ額は100万円ではきかない。自分の部屋を一生懸命探し、これはもう両親の仕業に違いないことを確信した。
鬼神のような形相で、髪を振り乱し、母屋に入るなり、
「おい、おい、DVDどうした、おい、おい。」
「知りません。」
洗濯物を畳みながら、母親は答えたが、これは明らかに知っている口ぶりであった。
「おい、知ってるな、知ってるな?おい、いくらしてると思ってるんだ、DVD。どこやった、言え、言え。」
「ちょっと、克利、やめなさい、克利!」
克利は、家の中を引っ掻き回すように一心不乱に探し回った。しかし、全然見つかりはしなかった。
半狂乱になり、ウォーと叫びながら探し回った。
隣のおばさんは、ベランダから一部始終を聞いていた。一言も聞き漏らさぬように、細心の注意を払って聞き耳を立てていた。
獣が殺される間際の断末魔のような、号泣が聞こえてきた。間もなく嗚咽に変わった。隣のおばさんは、探し物だったらそのビニール袋の中じゃないかいって、隣の家との境に捨てられた不審物を眺めつつ、未だ断続的に聞こえてくる嗚咽を聞いていた。


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