「おせーよ。」
ドアを開けると同時に、伊藤陽一郎の怒鳴り声が部屋に響いた。
「伊藤さん、買ってきました。」
「おう、何だよ、サクレじゃねーよ。」
ファミマの袋を覗き込み、すぐに怒気を含んだ声と一緒に袋を突き返される。
「もう一回チャンスやるよ。俺の食べたいと思うアイスを買ってこい。分かるよな?」
「ありがとうございます。自分、もう一度行ってきます。」
「おう、すぐな。」
先輩に一礼し、すぐに宿舎のはす向かいにあるコンビニへと走った。
コンビニのラインナップはたかが知れていた。それに、先輩、レモン味のサクレが好きなことも知っていた。
けれど、今日はちょっと機嫌が悪かった。コーチにフェンスの脇で怒られていた陽一郎を見かけた。コーチの怒鳴り声と平手打ちが聞こえた。俺ら1年は、そんな中を何も見ていないかのような振りをして、がむしゃらに泳いだ。
なんだよ、サクレじゃなけりゃ・・ピノか?ガリガリ君のソーダ味か?「いつもの」だったらサクレなんだけどな。
やべえ、考えている暇ねえや。慎吾はさっとガリガリ君を取り上げて、レジを済ませて寮に帰った。
「伊藤さん、買ってきました!」
先輩はアイスの袋を破いて、水色のアイスを取り出した。
「何だよ、何やってんだよ。欠けてるじゃねーかよ。」
いや、それは、力任せに取り出すから悪いんじゃ・・と思っても言えるわけがなかった。
ただ、うすうす予感はしていた。結末はいつも同じなんだから。

「上、脱げ。」
椅子に座ったまま、陽一郎は落ち着き払った声で言った。目が座っていた。慎吾はTシャツを脱いで、上半身裸になった。
そして、二段ベッドを背にして正座した。
「分かってるな?」
「はい。」
上級生の命令は絶対で、理不尽でも服従するしかない。特に同部屋の先輩の命令だ。
陽一郎は、青いビニール製のサンダルを履いたまま、座った状態で俺の腹を蹴り出した。
この体勢で腹を蹴る、いわば儀式めいた行為だ。陽一郎は他の先輩と比べても短期で横暴で理不尽で、手が出るのも早かった。よく他の後輩に制裁を加えている光景も目にした。
この前も顔を力任せに殴っていたり、髪を掴んで顔に膝蹴りを入れたり。あいさつ代わりに腿を蹴ったり。だから後輩の評判もかなり悪かった。
ただ、俺にはなぜか腹を蹴る、それも座った状態でというのが常だった。
20~30回蹴ると、陽一郎はそれで満足らしく、何事もなかったかのようにタバコを吸いに部屋を出る。
俺は、正座したまま待っている。本当は、「大丈夫か、痛くなかったか?」って腹をさすりながら聞いて欲しい、それで後ろのベッドに・・
慎吾は陽一郎のそんな優しさを期待していた。まあ、「行ってよし。」といつも言われるまで、正座しているのが日課みたいなものだ。
陽一郎が部屋に戻ってきた。慎吾のムースで固めた髪をクシャクシャってして、
「よく頑張ったな。行ってよし。」
「はい。」
慎吾は、ちょっとはにかみながら、外に出た。


人気ブログランキングへ