2021年01月08日

台南の風に吹かれて(8)

「出かけるよ。」
あの、またも展開が急だわ。予定を先に教えておいて。近くなのかな?バイクを使わない。歩きながら、こっちをチラッて一瞬見て、それから前を見たまま、
「僕のどこが好きなの?」
って。やだ、直球な質問。どこって、どこから言えばいいの?いろいろ好きなんだけれど。ひとまず全部っていうのが無難か。というか、なぜ俺なの?俺なんて全然いいところがないのに。
「優しいところ。」
・・そっか。そんなところだよね。意外に普通だったので、ちょっと意気消沈。彼は俺の方を振り返ることもなく颯爽と歩いている。全部好きって言ったけれど、強いて挙げるとすれば、その切れ長の瞳から滲み出ている、ちょっと涼しげであるけれど悲しげと言うか、切なさの漂う感じかな。会ったときから別れを予感させる、そんな瞳。その瞳に俺は魅せられたんだよ。
ん?コンビニの脇にある露天に来た。黒々とした煮物が。内臓?
「食べられる?」
怪訝な顔をしているのを察したのかな?いや、治文が言うものだったら何でも食べるさ。
「これ、豚のここ」
唇をめくって自分の歯茎を指している。何か歯茎までひっくるめてイケメン。うーむ。こんな真っ黒な鶏の足とかどこ食べたらいいんだろう。ま、さっき決意したじゃないか!で、テイクアウトする。またマンションに戻る。・・どこで食べるの?と思っていたら、段ボールを組み立てている。これで食べるんだ。何か、貧乏学生みたい。何か俺が食べるところをジッと見つめられている。食べないの?
「食べるところを見たい。」
恥ずかしいわ。何とか食べた。食べたよ!
「シャワー浴びてくる。」
俺は部屋に取り残される。本当に何もない部屋。本も日本語検定の本しかない。床だって、よく見るとカーペット敷いていないところはコンクリートじゃない?台南だって冬の夜はこれじゃあ寒いんじゃないかね?入口のドアだって、よく見ると下、開いているよ。猫入ってこれそうなくらい。覗けちゃうよね。

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2021年01月06日

台南の風に吹かれて(7)

ってなことで、高雄のホテルは既に料金も払っているんだけれど、当然キャンセル。荷物を駅から運び出す。ちょっとこの荷物じゃバイクは無理だよね。一緒に歩く。この信号を右とか橋の下を通るとかいろいろ言っている。一緒にいるんだから分かるけど?と思ったら、そっか、一人で来るときのために道順教えてるんだ。やばいやばい、急いで復習。大学病院の向こうにコンビニ見えてきた。治文のマンションにまた入る。1階だから便利だけど、人の声がうるさいね。あ、窓開けているからじゃんね。
「シャワーあるよ。」
ああ、浴びろと?ビショビショだもんね、俺。風呂はなくてシャワーとトイレがついている。もう小さな小さな部屋で何もない。背の高い治文にとってはもっと狭いよね。経年でそんなにキレイとはいえないシャワー。味が出ているっていやそうだけど。日本製のシャンプーが置いてある。日焼け止めにニキビの薬か。ニキビなんてどこにあるよ?やっぱちょっとでも肌が荒れると気になるのかな?ドアが開く音が。タオルを渡される。おー、まだアンダー履いたままで良かった。鍵がないんだよね、ここ。トイレとか、ドアノブ・・つかめないけど?入ってきちゃダメじゃん。大していたらどうするよ!?シャワーを浴びて出ると、またパソコンを見ている。・・ところで夕食は?
「何食べたい?」
何ってこともないけど、中華かな?治文は腹減っていないの?
「減っていない。」
・・俺はすっごい減っているんだけどさ。

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2021年01月02日

台南の風に吹かれて(6)

ってことで、街中をブラブラ散策することにした。暑いけど。リュックを背負って来たから、背中がもう汗でビッショリ。服もなんか湿って臭くなってきたし。腋汗・・どころの騒ぎではないや。全身がもう汗だく。うーん、こんなんで彼に会える気がしない。
高雄国際空港で買ったSIM CARDの調子が悪くて、つながらない。それに携帯の電池も運悪く急になくなりかけてきた。バイトが終わったら連絡をくれるって言ったけれど、分からないじゃんか。いつ終わるとか決まってないんだろうか?で、wi-fi使えそうなところを探し回るけれど、こういうときに限って全然ない。台南だもんな、ここ。台南駅に来たら、急につながった。連絡が入っていた。1時間前?!もう辺りも暗くなり始めていた。うーん、暑いから携帯のバッテリーの減りが速いのかな?電池なくなってしまった。どうしよう。待つか。会える気がしないけど。って、こっちに近づいてくる人影が。台湾人にしては背が高いから、ロータリーの向こうからもう治文だって分かるわ。もしかして、結構な時間待っていた??
「荷物は?」
駅の一時預かりに。高雄にホテルを予約しているんで、夕食を一緒にとってから取りにいくからいいよ。
「今、取りに行かなければならないよ。」
え、待ち合わせたのに、一緒に食べる時間がないの?
「僕のところに泊まればいいと思う。」
やだ、マジで?そうなの?照れるわ。

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2020年12月31日

台南の風に吹かれて(5)

「これからアルバイトがあります。」
は、はい?
「僕と一緒に来る?」
バイト先に??何のバイトよ?
「日本のお茶とか出すレストランです。」
定食屋?トンカツとか?あ、吉野家じゃない?
「説明は後ね。一緒に。」
全然有無を言わさないわ。時間がないのか?ま、さらっていくような強引さがまた素敵。駅前の民家の前でバイクを停める。矢印で小さな看板が出ているけど、見た感じ奥も平屋の民家だけどね。3軒目の平屋の引き戸の閂を開けて入っていった。古民家カフェ?
「座って待ってて。」
んー、手持ち無沙汰なんですけど。畳に座らされて、前には木製の古めかしいテーブル。棚には薬剤の瓶とか戦前の学術書とか置いてある。ま、飾りなんだろうけれど、使用済みっぽくて何が入っていたか分からない緑色の瓶に、学術書だって東京市の衛生事情とかナチスの刑法とか、あんまり食欲をそそりそうなものではない。縁側があって、その先の小さな日当たりの悪そうな庭にひょろっとした木が生えていて、横に中ぐらいの壺がある。ボウフラとか湧きそうだけど。
「これ、食べて。」
目の前に置かれたかき氷は、どう見ても宇治金時。台南に来て宇治金時か。俺って日本人なんだけど。まあいいんだけどさ、ってその紺の甚平、超似合う。イケメン着るとこんなにもさわやかに見えるもんなんだ。どこで買ったの?
「何?」
なぜにさっきまで分かっていたのに、こんな基本的な文になると急に分からないかね?うーん、マンゴーかき氷食べたいんだけど。このバイトって何時まで?
「夕方まで。」
あの、それまで何して過ごしたらいいんでしょう。

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2020年12月29日

台南の風に吹かれて(4)

で、コンビニ横の細道を通って、・・どこに行くかと思ったら、彼のマンションに!?え、何、そういうの言っておいてよ。暑いからクーラーをつけるんだけれど、窓に取り付け式の古いタイプだからか、ガタガタガタと結構な音が出る。聞いたこともない台湾のメーカー。でも、小さな部屋だから、すぐに涼しくなる。ベッドの横に備え付けられた小さな机で、治文はノートパソコンを見ている。え、というかいつの間に上半身裸に!?セクシー過ぎる。広い背中には全面に薄めの青一色で大きく書かれた龍、筋肉質な腕には古代語で書かれたのタトゥが。何て書いてあるのか聞いたけれど、チベット語で全ての人に幸あれなんだそうだ。美しい。美術館に飾りたいくらいに美しい。前に回り込んで・・あれが俺がさっき触っていた腹筋か・・超ボッコボコ。直で触りたいんですけど。口を半開きにしてみていたら、パソコンをパタンと閉めて、こっち来るじゃん!超心臓がドキドキ、って思ったら、白いシャツを手に取って羽織った。

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2020年12月26日

台南の風に吹かれて(3)

治文は日本語が多少できる。文藻外語大学で日本語を専攻したんだって。だとしたら、もう少しできてもいい感じもするけれど。顔がカッコいいのはそうなんだけれどクールというか、月の光がよく似合うような、言うなれば黙っていてもいい男って感じ。チェックアウトを済ませてホテルで待ち合わせた。だって朝一緒に食べようって言うからさ。朝とか学生の街だから近くにいくらでも食べるところあるのに、わざわざバイクでシャレたパンケーキの店とか行って食べるんだけど、・・俺、日本人だからパンケーキよりも豆漿に粥とか油条食べたいんだけどね。ま、いいや。風に吹かれてバイクに乗るときが一番幸せ。メットを借りて後ろに乗る。日本だとバイクにそもそも乗る機会がないじゃない?まして、後ろなんてね、どう乗ったらいいのっていうより、人前でこんな密着しちゃっていいのかね?治文の腰に手を回して台南の街を走る。台湾ってバイクやたら走っていて、2人乗りもいるけど・・皆こんなラブラブみたいな乗り方してないや。水泳が趣味だけあって広い背中でね。腹に手を回したら、ま、もうコリコリした腹筋がすごい。どのパーツを触ってみてもコリコリしている。これって何パックの腹筋なの??バイクに乗っている間はずっとその腹筋のコリコリ具合をいじってるんで、何か朝食なんかどうでもよくて、ずっと乗っていたいって気分になるんだよね。鼻血出そう。信号待ちしているときに、ふと振り向いて手を握ってきたりすると、俺も年甲斐もなく顔が赤くなる。流し目というか横顔がきれいなんだよね。

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2020年12月24日

台南の風に吹かれて(2)

出会いは、前に台南に観光に来たとき、ゲイバーでイベントがあるって告知を見てふらって入ったときのこと。イベント自体は大して面白くもなくてね。ゴーゴーボーイもボーイと呼べないくらい年のいって腹の出たオヤジが、踊っているのかさえ微妙なダンスを披露しててね。高木ブーの雷様みたいな緑色したカツラがまた泣ける。でも、この場末感が台南に来たなって感じがしたよ。なんか、こういうバカバカしい時間もたまにはいいよね。たまにはだけど。
で、ふと横見たら、ジーンスでTシャツの上に薄手の黒いパーカーを着た、背の高い切れ長の目、そしてキリッとした眉をした男が炭酸水を飲んでいた。俺はポーっと見とれてしまった。かっ、カッコいい。もしかして、これが一目惚れって奴なのかなって。で、「日本人ですか?」って話しかけられるではないか。「は、はいっ。」って上ずった声を出してしまったよ。「お一人ですか?」「は、はいっ。」上ずった声が治らない。「僕と一緒に飲みませんか?」っていくらなんでも、俺は100%夢だと思った。そんなこと言われることなくない?俺、梅酒とか訳分からないの飲んでたし、あの昼間の暑い中をずっと観光して回っていてホテル寄らずに来たから、きっともの凄い汗臭いしさ、ヨレヨレのTシャツだし、髪とかベタベタ・・もしかして台南で有名なマネーボーイとか・・って、ちょっちょっ、何してんの?「髪、いい匂いしますね。」きゃぁぁぁぁ、考え事してたら彼が俺の頭に顔を近づけて、汗でベタベタになった頭の臭い嗅いでるじゃん。ああ、もうちょい離れて。嗅がないで、嗅がないで・・なんてのが出会いだった。でも、もうその夜は高雄に帰らなければならなかったから、あんまりしゃべれなかったんだ。そしたら、「これ、僕のlineのIDだから。」ってカード渡されちゃって。
ホテル帰って、wi-hiで携帯つないだら、彼からメッセージが。「また会いたいな。今度、いつ台南に来るの?」で、1ヶ月も経たないうちにすぐまた台南に来たんだ。

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2020年12月22日

台南の風に吹かれて(1)

ベッドの上でテレビを見ている。治文は俺の膝の上でずっと寝ている。
で、俺は「HERO」というキムタク主演のドラマを見ている。台南で。もう治文さ、膝の上で寝られると、俺、何もできないんだけど。治文は185cmあるんで、この据付のベッドは頭がつかえてしまう。だから、普段は足をちょっと上げて寝るか、折り曲げて寝ている。
いや、そもそも治文は実家から通っていたんだ。実家のお父さんは台南で高校の国語の先生だったんだけど、定年でずっと家にいるから、大学を出てから週3くらいのペースでバイトを入れたりしてで自由気ままに過ごしていた治文は急に居づらくなったようで、台南駅の裏にある、成功大学の学生向けのマンションの1階を借りて住み始めた。ま、お金がないみたいで本当に貧乏学生が住むような4畳半程度のスペースで、部屋にはシャワーとトイレが一緒になった小部屋と居室だけ、ベッドがもう部屋の半分を占めているような、そんな部屋。
それにしても、こんなスヤスヤ寝るんだね。この前も、腕枕をしてテレビを見ていたら、もう寝ていた。見るなよ、テレビ。俺に気を使って日本のドラマのチャンネルをわざわざつけているんだろうけどさ、俺一人だったら別のことしたいんだけど。
「んー、健一、おはよう。」おはようじゃねーよ、20分以上寝てたぞ。

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2020年12月11日

終わりの見えないデスマッチB(32)

試合の日、会場にはデビュー戦では姿を見せなかったシディークと健の姿があった。応援しに行くと言っていたが、少なくとも健は賭けに来たにちがいない。元々、皆生活は保障されているのであるが、現金を持っているわけではない。試合に出てようやくファイトマネーをもらえるが、健たちの場合は一般の人と違って勝とうが負けようが、もらえるお金は同じだった。また、試合に出る出ないについても、こちらで決められるものではなかったし、体調が悪いからとか怪我をしているからと言った理由でも出ろと言われたら出なければいけなかった。そうした場合は早々に負けるようにするのだが、成績が芳しくなければここにはいることはできず、いつの間にか消えていく運命にあるのであった。最初の試合であり、さすがに実来は0勝1敗で6秒KO負けと書かれていたこともあって、相手が初戦だというのに3倍近いオッズになっていた。実来は前回と異なり、試合時間ギリギリになって現れた。対戦相手は毛先が金髪で逆立っていて、目つきも悪かったが、カラダつきはあばら骨が見えるほどまでに痩せ細っていた。そもそも、この格闘場では武器は持ち込みできない。また、全くの裸であるから防具も何もない。シューズやマウスピースどころか包帯やサポーターも禁止されている。それに体格差も考慮されているとはいえ、全然違う体格同士が組まされることもよくある。オッズも賭ける人の数に全く比例してつけられているわけではない。意図的に一方に高いオッズがつくこともある。また、八百長ももちろんあるのだけれど、先ほど言った賭ける人の数に比例しているわけではないので、ここは良心的に八百長を「示唆した」オッズになっている。賭けている方も八百長があると言うことは織り込み済みで、どれが八百長の試合なのかを楽しむというのも上級者の賭け方なのである。

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2020年12月09日

終わりの見えないデスマッチB(31)

既に、次の試合も組まれていた。今度は相手も初めてのようだった。そもそもが、こうした賭け試合に出るというのは、金目当てであることが多く、勝てばもちろんのことだが、負けてもファイトマネーがもらえることから、意に反して出させられるという例も少なくはなかった。だから、初めてというのは珍しいことではなく、最初で最後である者も多かった。当然、その殆どが敗者だ。なので、初出場にオッズが厳しい数値を出すのはむしろ当たり前で、新人に期待をしようなんて思うのは、ここの常連だったら馬鹿げたことであった。対戦相手の情報を見ていると、シディークが脇に座った。「これ、相手はなめてかかってくるね。」え?「デビュー戦、わざと負けた?」いや、そんなことは絶対ないんだけど、って思ったが、それも織り込み済みで、「おそらく、一発で倒せ的な指示があったね。普通だったらデビュー戦って勝たせるし。」トレーナーとして何人も送り出しているシディークは言った。「八百長はないんだ。それってどうせ大根役者同士だからバレるからね。けど、オッズは調整できる。オーナーの采配で何ともできるんだ。次はおそらく勝てるようになっている試合だよ。」白黒のコピーで全身写真も服を着込んでいるから様子は分からないが、細身のワルってことは一見して分かる。実来も、賭けの対象になっていることはうっすらと理解しているつもりだったが、自分の知らないところでいろいろ蠢いているということまでは理解が及ばないでいた。

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2020年11月17日

終わりの見えないデスマッチB(30)

結果はあっけなかった。瞬時で決まった。乾いた金属音を聞き、実来は相手に向かっていった。足か腕かどっちを先に出そうか躊躇していたら、相手の拳が実来の顎を的確に打っていた。ただそれだけで、あとはしばらくマットに倒れていたのを両足をもたれてリング外へと引きずっていかれただけだった。オッズは間違っていなかった。どよめきも何もなく、予想通りのことがただ起こったのだった。瞬時のことだったので、負けたという実感もなく、着替えるとすぐに外に出た。試合は、他の者はその日に試合がある者以外は見ないという暗黙のルールがあった。そもそも賭けをしている人、関係者と試合をする人しか入れないのであった。この前も下見とはいえ、賭けたから入れたのであった。賭け金は競輪競馬のような少額からでも楽しめるようなものではない。試合にもよるが、一番安い試合であっても入場料を除いて一口3000円からだ。外に出ると、先ほどのサングラスの男が近寄ってきた。「惜しかったな。」と、慰めになっているのかどうか分からないことを言ってから、「出すのはまだ早いって俺も思ったんだけどさ、オーナーが言うから。」と、ここでもオーナーの名が出てきた。タバコを口にしたが、咽せてロクに吸わずに火を足で消すと、「けど、あの人は目を細めて喜んでいたよ。」と告げると、また中に戻っていった。

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2020年11月09日

終わりの見えないデスマッチB(29)

客がまばらなときから会場入りしていた。オッズが出たが、18倍と客からは全く期待されていない数字が出ていた。ジャナバルもナデートも、実来より年上で実来が来る前からいるのにも関わらず、まだデビューはしていなかった。それに、確かに出ることは夢でもあったのは確かだけれど、だからといって健もまだデビューして間もなかったので、皆が驚いていた。どうやらまだ会ったことのないオーナーの意向らしい。しかし、リングは遠目で見ていたけれど、近くで見ると結構汚く、観客席も薄暗かったから分からなかったが、こうして明るいところで見ると、本当に金をかけていないというか、パイプ椅子なんてゴミ捨て場から拾ってきたのかと思うくらいさび付いていたりクッションから緩衝材が飛び出ていたりしていて、階段状になった観客席も、いかにも素人が作ったような、ただ座る場所さえあればいいくらいに作られた簡素なものだった。「下見?でも、そんなところを見ていても何もならないんじゃないか?」と声をかけられた。サングラスに黒いスーツ姿だが、どうしても着せられている感が否めないくらいにまだ幼いように見えた。「リングに上がってみたら?」「いや、勝手にそんなことをしたら怒られます。」「俺が許可すれば大丈夫だから。」容貌を見ても、まあ裏社会の人間ではないが、裏を知った感じでもあるような、そんな印象だった。折角言うのだからリングに初めて上がってみた。ここは思ったよりも明るく、場所によっては眩しかった。サングラスの男の方を見ると、実来よりも興味を持っていろいろ見ているようだった。「今日、デビューだろ。頑張れよ。」と、ロープの外に出て、こっちを見つめていた。

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2020年11月07日

終わりの見えないデスマッチB(28)

そして、いよいよデビュー戦の日を迎えた。相手はボクサー崩れだと聞いていた。ボクシングをしていたが挫折をして不良になった、怪我をして公式にはボクシングができなくなったなどいろいろ崩れた理由はあるが、今回の相手は金を稼ぐためなら何だってやるという、老練なボクサーらしい。この相手が出る試合を観戦に行った。同じく、ボクシング経験者との対戦だった。経験者同士だと、もうただのグローブをはめていない、拳闘の試合だった。互いに牽制し合い、どちらも慎重で手数は少なく、それを延々と見せられる客は次第にブーイングを放った。引き分けはなく、ラウンド制ではないから休憩もない。ケリが付くまで行われる。結局、相手の集中力が途切れて大振りにきたところを見切って、見事一発KO勝ちを収めたのであるが、そこに至るまで18分もかかった。実来はその前日は興奮して殆ど寝付けなかった。負ける気は全然していなかった。どうやって倒そうか、そればっかりを考えていたが、倒し方はいろいろあって収拾が付かなかった。

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2020年09月06日

終わりの見えないデスマッチB(27)

隣にいつの間にかシディークがいた。いつの間に、実来は驚いた顔をしていたが、シディークにとってはそれくらいは朝飯前だった。「何していた?」とシディークは聞いたが、聞かなくても大体は分かっていた。シディークも、インドでは少数派であるイスラム教徒であったため、家は大変貧しく、まだろくに言葉もしゃべれない頃に人に売られて、紆余曲折を経て遠い日本に連れてこられたのである。シディークがカラダを寄せて、そしてそっとキスをした。そこから、シディークは実来がしたいと思っていることに、あえて何も拒むことなく、すんなりと受け入れた。実来はこれが初めての経験だったが、衝動が自然とカラダを動かして、そして迸る情熱をシディークのカラダへと伝えた後は、二人して夜の帳に囲まれて冷たくなったコンクリートに仰向けに横たわった。そして、またキスを交わし、また同じであるけれども先ほどよりもより情熱的なことを始めたのであった。そして何度も何度も、お互いが疲れて眠りにつくまで、何度も。

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2020年09月04日

終わりの見えないデスマッチB(26)

廃倉庫の周りは雑草がコンクリートの割れ目から生え茂り、夜ともなると虫の音とそっと海から拭いてくる風か心地良かった。人気もなく、錆びた鉄線の中からこうして街の灯りをしばらく見ているのがトレーニング後の実来の落ち着ける時間でもあった。基本的に、物心ついたときから一人で生きていくしかなかった。誰かに頼ろうとか甘えようなんていうことを知らずに今まで生きてきた。ここにいる人は皆、同じ境遇だったからかお互いのことを詮索したりしないし、これからも自分自身で生き抜いていこうという人ばかりであった。ただ、自分から一人になったとき、プリクラでしか見たことはない両親がもし自分の側にいたらどうだったか、考えるときがあった。けれど、全然違うのだろうけれど、何がどうというと具体的なことは何一つとして出てこなかった。ただ一本しかない、不安定で覚束ないレールをひたすら一人で歩いてきただけで、これからもその一本のレールをただただ歩き続けるのだろうから。

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2020年09月02日

終わりの見えないデスマッチB(25)

シディークは実来の筋肉の付き具合を事細かに、それこそこの部位を鍛えるならこれをした方がいいとアドバイスをくれるのだが、実はシディークのことが気になって仕方がなく、アドバイスが耳に入っていずにまた同じことを言われることもしばしばだった。シディークにカラダの一部を触れられるだけでくすぐったい感じがした。逆にシディークが自分のカラダで説明しようと触らせようとするが、それはそれで気恥ずかしかった。スリムで引き締まったカラダにうっすらと体毛が生え揃っていて、これが大人のカラダなんだと高鳴る鼓動に言い聞かせた。もちろんシディークが気づいていないはずはなかった。先を読む力は何も攻撃力だけではない。すぐにでも衝動的に襲い掛かってきそうな様子が手に取るように分かっていた。分かった上で、焦らしてそれを楽しんでいるのだった。

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2020年08月30日

終わりの見えないデスマッチB(24)

それからは、また一から健とトレーニングに励んだ。今までと違う点と言えば、シディークも時々様子を見に来るようになったことだ。健の指導は主に技術面だが、シディークは栄養面とカラダのサポートを主として行った。健に散々やられた後、打ち身に湿布を張ったり、パンパンに膨れ上がった金玉を冷やしたりと、献身的に世話をしてくれた。まだ体毛がようやく生え揃ったばかりで、もちろんそんなに人にマジマジと見られたこともなかったので、最初は恥ずかしかったけれど、それからは何でも相談できる仲になった。施設にいた頃と違って人と接触する機会があまりなく、また健は生来が無口な質で話しかけにくかったと言うのもあった。それこそ、額にできたニキビは潰した方がいいのかとか、髪はどこでカットしているんだとか、包皮は剥いた方がいいのかとか、思春期特有の悩みを相談する唯一の相手であった。ただ、まだ言い出せないでいる深刻な悩みも抱えていた。

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2020年08月28日

終わりの見えないデスマッチB(23)

「なんだ、もっとできるだろ。お前の実力はこんなものか?」と、エビのようにカラダを丸めていた実来の髪の毛をむんずと掴んでカラダを無理に起こさせた。「どうなんだっけ?俺では役不足なんだって?おい、どうした?俺が弱っちいからお前の実力が伸ばせないんだっけ?」と、乱雑に仰向けにさせると足を開き、膝を股間へと押し当てた。「あぁぁ、違います、違います。」「何が違うんだっけ?」と、まるで擂り粉木で押しつぶすかのように、股間をグリグリといたぶり始めた。「あぁぁぁ!止めて、潰れるから止めて、止めてください!」「じゃあ、お前が弱いのは俺のせいか?」「違います、違います。」「違わないだろ?」短パンで隠されていても、不思議と二つの玉の場所を知っているかのように、膝による玉責めは続いた。「本当に!潰れちゃうからぁ、もう許してください。」「じゃあ、俺とお前、どっちが強いか言ってみろ。」「健さん、健さんです。」「本当は違うだろ?」「本当、本当です。」「怒らないから、本当のことを言ってみろよ。」膝はしかし、答えずとも思っていることを何もかも知っているかのように、念入りに潰しにかかっていた。「何でもします、何でもしますから、もう許して・・。」と言うと、ようやく地獄のような玉責めからは解放された。

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2020年08月25日

終わりの見えないデスマッチB(22)

悶える01
シディークが下から心配そうに見つめているのが見えたが、もう後には引けなかった。「金玉行くから、しっかり守っておけよ。」ナデートと異なり、健と実来はほぼ同じような体格だ。急所狙いって分かっているならそれを封じればいい話だ。距離を取って蹴りを繰り出したが、それをまともに受けるとその足を掴んで捻り、そのまま健は全体重をかけて実来のカラダを倒した。「あぁぁぁぁぁぁ!!!」一瞬だった。素材がツルツルの短パンを履いていたので、バスっという、いかにも的確に入ったかのような心地よい音が響いた。健のつま先が実来の股間にめり込んだ。男にしかわからない激痛とよく表現されるが、股間を強打するともう一気に戦おうという気をなくすほど強烈な痛みがギリギリと襲った。「あぁぁぁ。」と実来はリングの上でもんどり返っていた。「言ったのに守らないからだろ。」呻き声をあげる実来に健は非情な言葉をかけた。「おい、そんなの誰も待ってくれないぞ、来い。」しかし、実来は股間をジンジンと波状攻撃のように襲ってくる痛みをこらえるので精一杯だった。「おら、立たないなら、こっちから行くぞ。」と、実来がここだけはと隠している手を無情にも除けて、ほぼ同時にまたも力いっぱい蹴りを喰らわせた。バスっと先ほどと同じいい音を立てて、またも正確に股間を捕えた。「んーん、うーん。」またも、股間に手をやりリング上を転げ回った。さっきの鳩尾とは違って動く元気は何とかあるけれど、痛みは尋常ではなかった。カラダ全体で息をして呼吸を整えようとするが、過呼吸気味でとても立ち上がれそうにはなかった。

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2020年08月22日

終わりの見えないデスマッチB(21)

「どうだった?シディーク先生は。楽勝?」実来は顔を俯いた。健はニヤニヤして顔を上げない実来を見ている。「ちょっとは手ごたえあった?」もう、顔を真っ赤にして俯くしかなかった。健はきっと実来が普段抱いていた不満を皆知っていたのだ。「俺ともやる?」いや、実来は健が足技が使えることを全く知らなかったので、正直驚いた。いつもボクシング用のグローブをはめて練習していたからだ。「いいぞ、同じで、ハンデつけても。」しかし、正直ほぼ互角にいつもスパーリング相手を務めているわけで、ハンデというのは引っかかるものがあった。それに、健に不満があったというのは健の能力不足に物足りなさを覚えていたからであって、それはそれで自分のことを分かっていないなとも思った。「まあ、止めとくか、シディーク先生にしこたまやられただろうしな。」さっき、思いっきり当たって全然歯が立たなかったのは事実だが、健には勝てる気がしていた。「いや、やります。ハンデなくてもいいですけど?」「おいおい、今日は強気だな。ま、ハンデやるから、俺を後悔させてみたら?」実来は顔を紅潮させて、どうなっても知らないぞという思いでリングに上がって行った。

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